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R31 SKYLINE

R31 SKYLINE






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R31 SKYLINE

日産の主力車種であるスカイラインの7代目にあたるE-HR31型です(通称:R31、セブンス)。開発主幹として「スカイラインの父」櫻井慎一郎氏が指揮をとり、櫻井氏が病床に臥せった後は伊藤修令氏が受け継いで開発されました。発売当時は「ハイソカー(高級感漂う車?)」が流行中で、対抗車種としてはトヨタのマークⅡなんかがそうでした。GTスポーツが売りだったスカイラインにも関わらず、当初は高級クルージングカー然とした4ドアしか生産されず、ゆえに「牙を抜かれた狼」だの「史上最悪のスカイライン」だの言われていました。その後、直列6気筒DOHCエンジンRBシリーズを搭載したGTS系が発売され、ようやく世間で言う「スカイラインらしい」車になったのです。さらにサーキットにおけるレースを意識した日産はホモロゲーション獲得のために、エンジンをチューンし独自のエアロを組んだ仕様のGTS-Rを800台限定で生産・販売した。Gr.Aでレースに復帰したスカイラインは無敵の強さを見せつけ、最強神話を復活させたのです。「R」エンブレムの復活と共に・・・。その後は、GT-R復活のためのテスト母体としても働き、開発用のテスト車両として試作アテーサ4WD仕様なんかも作られたそうです。R31はR32GT-R誕生の土台ともなっていた。

発売当初はハイソカー然とした4ドアしかラインアップせず、スポーツカーの影も形も無かったのです。スカイラインと言えば、日産の主力スポーツカーの筆頭に挙げられる車種です。それが動力性能も低く、乗り味にはスポーツ走行を意識した所が無く、しかも高級感が先に立っている・・・これでは史上最悪と言われてもしかたない事です。スカイラインとは純粋なGTカーなのです。でも後にモータースポーツ色を押し出したGTS系が発表され、事無きを得ました。










7代目 R31型(1985年-1989年)





通称:7th(セブンス)、R31(アールサンイチ)、都市工学スカイライン





ボディバリエーションは、「4ドアセダン」・ピラーとサッシュを排した「4ドアハードトップ」・5ドアステーションワゴンの乗用車「ワゴン」・「2ドアスポーツクーペ」の4種。

1985年8月

R31型発売。プラットフォームは日産・ローレルや日産・レパードと共通。発売当初は「4ドアセダン」とスカイライン初の「4ドアハードトップ」の2ボディタイプのみであったが、翌年早々に「ワゴン」が、そして「2ドアスポーツクーペ」[9]と、相次いで追加された。メカニズム面では、S20型エンジン以来の直列6気筒4バルブDOHCエンジンで、180ps(ネット表示。発売当初はグロス表示210ps)を発生するRB20DET型を搭載している。4輪独立操舵システムであるHICASを搭載したモデルである。搭載するエンジンは前述のRB20DET型のほか、直列6気筒がDOHC RB20DE型、SOHCターボ RB20ET型、SOHC RB20E型、SOHCディーゼル RD28型。直列4気筒はSOHC CA18S型の計6機種。サスペンションはフロントがストラット式、リアがセミトレーリングアーム式。但し「4ドアセダン」・「4ドアハードトップ」の各1800シリーズおよび「ワゴン」全車はリアが5リンク式リジッド。


1986年1月

「ワゴン」を追加。


1986年5月

「2ドアスポーツクーペ」のGTSシリーズを追加。ターボ・チャージャーのタービン素材に軽量なセラミックを採用しターボラグの低減を図った「セラミック・ターボ」を採用している点が特筆される。時速70kmを超えるとフロントエアダムから自動でせり下がる「GTオートスポイラー」もオプション設定された。


1986年8月

「4ドアセダン1800エクストラG」を追加。


1986年9月

「2ドアスポーツクーペ」に引続き、「4ドアハードトップ」にもGTSシリーズを追加。


1987年2月

「2ドアスポーツクーペGTSツインカム24VターボNISMO」を限定1000台にて設定。イタルボランテステアリングホイール、バケットシート等を装備する。


1987年5月

「4ドアセダン1800エクストラGリミテッド」、および「4ドアセダン1800Gリミテッド」を追加。


1987年8月

マイナーチェンジ。4ドアのフロント周りの造形をクーペと共通するデザインへ変更や量産車で世界初のプロジェクターライト採用など、外観とエンジン[10]に手が入る。マイナーチェンジと同時に、当時のグループAのホモロゲーションモデルとして「2ドアスポーツクーペGTS-R」を800台限定で販売。大型コンプレッサーのターボ、大型空冷式インタークーラー、等長排気マニフォールドの採用などで210ps(ネット表示)を発生するRB20DETを搭載。フロントスポイラーは「GTオートスポイラー」と同形状で固定化し、大型で専用のリアスポイラーを装備している。1987年11月のインターTECにてレースデビューした。


1988年5月

日産の子会社であるオーテックジャパンが独自にエンジンや足回りをチューニングし、GTS-Rと同じ210ps(ネット値)を発揮する限定車「GTSオーテックバージョン」が登場(限定200台)。注文数が大きく上回り、発売日には抽選で販売した。なお、カタログモデルでタクシー仕様車が設定されたのは同型が最後となった。 また、時期的にフェンダーミラー車から買い替えが多かったためか、運転席側をドアミラー、助手席側をフェンダーミラーとする左右非対称のアンシンメトリーミラーがオプション設定されていた。オーストラリアでは1986年からCA20E搭載の4気筒モデルをピンターラ (Pintara) という名称で、豪州日産のクレイトン工場で現地生産された。加えて、これまでのセドリック(430型まではDATSUN 220C/280C)の輸入販売中止に伴う代替対策として6気筒モデルは、日本では販売されなかったRB30Eエンジンを搭載したセダンとワゴンが、スカイラインの車名のまま1988年から90年にかけて生産された。なお、2代目ピンターラはブルーバードU12型と同一となり、日本には5ドアハッチバック・モデルが、BLUEBIRD AUSSIE(ブルーバード・オーズィ)として輸入・販売された。

コンプリートカーメーカーのトミーカイラがオーストラリア向け車両に搭載されていた3,000ccSOHCのRB30E型エンジンのシリンダーブロックにRB20DEのパーツを組み合わせたDOHCエンジンを搭載した、コンプリートカートミーカイラM30として市販した。これは、日本初の公認チューニングカーとしてトミーカイラが世に出した最初のモデルでもある。このM30は2007年2月時点での日本での現存が8台(R31HOUSE調べ)。同じくコンプリートカーとしてM20も存在した。こちらも生産台数30数台。南アフリカでも29,305台のR31型4ドア・セダンが生産され、エンジンラインナップはRB30E、RB20EそしてCA20Sが搭載された。





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スカイラインはスポーツカーではないです。
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