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永遠の夢に向かってレイ・チャールズ

 

レイ・チャールズ

レイ・チャールズ













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Ray Charles - "The Little Drummer Boy"


























レイ・チャールズ(Ray Charles Robinson、1930年9月23日 - 2004年6月10日)は、アメリカ合衆国・ジョージア州オールバニ出身の歌手、ピアニスト。盲目というハンディを背負いながらも、R&Bやジャズ、ゴスペル、黒人霊歌などのブラックミュージックを、黒人である自らのルーツを再発見するような音楽活動の中で、黒人の魂を歌う「ソウルミュージック」の著名歌手の一人となった。カントリー・ミュージックの曲もカバーした。6歳の頃、仲の良かった弟のジョージ・ロビンソンを亡くした。その9か月後、緑内障のために失明した。目が見えないというハンディを背負いながらもピアノを学び、また盲学校に通う。1947年にシアトルに移り、この頃クインシー・ジョーンズと出会う。初期の頃はレイ・ロビンソンの名で活動、音楽もトリオ編成のバンドに参加したが、この頃より薬物使用の悪癖も始まってしまう。後に同名のボクサーがいるため、ミドルネームのレイ・チャールズに改名。自己バンドでツアーを行っているうちに、アトランティック・レコードより声を掛けられ契約する。1959年の「ホワッド・アイ・セイ」がビルボード・ポップ・チャートで6位に昇る大ヒットとなった。人気を高める一方で、ゴスペルを大胆にアレンジしていたことから、敬虔なクリスチャンからは非難されていた。1959年に、アトランティックとの契約切れを期にABCレコードと契約、1961年に代表曲の一つとなる「我が心のジョージア」を発表、ミリオンセラーを記録。20年近く麻薬を常用していたが、1965年にロサンゼルスの薬物患者の更生施設に入所、ヘロインを絶つことに成功した。チャールズはジョージア州が行う黒人差別に反対、同州でのコンサートをキャンセルしたため、州はチャールズを追放していたが、1979年4月24日、ジョージア州議会は追放を撤廃、『Georgia On My Mind (わが心のジョージア)』を正式な州歌と定めた。1980年には映画『ブルース・ブラザース』(1980年)に楽器店店主の役で出演し、『Shake Your Tailfeather』を演奏している。また1985年にはUSAフォー・アフリカに参加し、ウィ・アー・ザ・ワールドのブリッジ部分でリードボーカルをとった。1989年には、サザンオールスターズの「いとしのエリー」をカヴァーしたことで日本で話題になる。幾つか提示されていた楽曲の中で唯一気に入ったとされるこの曲のカヴァーが起用され、日本で小ヒットを記録した。日本では、2002年にもドキュメンタリー番組「いのちの響」に取り上げられてもいる。2004年に、テイラー・ハックフォード監督の伝記映画『Ray/レイ』が公開され、アカデミー音響賞、主人公のジェイミー・フォックスはアカデミー主演男優賞を受賞した。製作中に、撮影現場で演技指導を行った際に、ジェイミーのあまりの演技力から「あんたは俺の後継者だよ!」と賞賛の言葉を送った。しかし、2004年6月10日に肝臓癌で死去。73歳だった。完成された映画を観ることは出来なかった。また、彼をリスペクトするアーティストによる「音楽葬」が行われたことも話題となった。2005年2月13日、第47回グラミー賞授賞式では、ノラ・ジョーンズとのデュエット曲「ヒア・ウィ・ゴー・アゲイン」が最優秀レコード賞となったほか、最優秀アルバム、ポップス・ボーカルやゴスペルなど、計8部門で受賞した。





















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