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フェンダー

フェンダー












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フェンダー・ミュージカル・インストゥルメンツ・コーポレーション



























フェンダー(Fender Musical Instruments Corporation )は、レオ・フェンダーが1946年に創業した楽器メーカーである。主にエレクトリック・ギター、アンプの製造を行っている。本社はアメリカ合衆国アリゾナ州スコッツデールにあり、製造拠点としてカリフォルニア州のコロナ工場、メキシコのエンセナーダ工場を持つ。カスタムショップの所在地や上位機種の製造はコロナ工場で行っている。またその他、スクワイアやアーティストシグニチャーといった廉価版楽器の製造下請け会社としてサミックやサンハン、コルト、ダイナ楽器などが請け負っている。旧社名はFender Electric Instrument Manufacturing Company。エレクトリックギター、エレクトリックベース、ギターアンプの製造販売を行う会社としては同じくアメリカ合衆国のギブソン社などと並んで世界でも屈指の企業として認識されている。また、ソリッドボディのエレクトリックギターを世界で初めて量産したことでも知られる。なおフェンダー・アンプに関しては独立して別稿を設けている。前身は1938年にレオ・フェンダーがカリフォルニア州フラートンで創業した「フェンダー・ラジオ・サービス(Fender's Radio Service)」で、ラジオ受信機や音響機器の修理を行っていた。1945年にフェンダーはドク・カウフマンと共に「K&Fマニュファクチュアリング」を設立。スティール・ギターとアンプの製造を開始する。しかし1946年、カウマンとの共同経営は解消、1947年社名をフェンダー・エレクトリック・インストゥルメント・カンパニーに改名する。エレクトリックギターは1920年代後半から数多くの製造業者によって作られていたが、それらの多くは胴体の部分が中空のホロー・ボディと呼ばれる構造であった。また、ソリッド・ボディ(胴体部が中空でない構造)であってもリッケンバッカー社のハワイアン・ギターのように特殊な奏法向けであったり、ポール・ビグスビー製作の通称「ビグスビーギター」のようにオーダーメイドであったりしたため量産型のソリッドボディのエレクトリックギターは存在しなかった。レス・ポールもソリッドボディのギターの開発を進めていたがギブソン社からレスポールモデルが発売されたのは1952年である。フェンダーは1948年頃にソリッド・ボディのエレクトリックギターの試作品を完成させ、1949年にエスクワイヤーとして発表。1950年にはブロードキャスターを発表、1951年にテレキャスターに改称、その理由はグレッチ社のドラムに同音の商標(綴りは「Broadkaster」)のモデルが存在したからである。対応を迫られたフェンダー社は極短期間だがヘッドのデカールのモデル名を切り取って販売を続けた。これは通称「ノーキャスター」と呼ばれる。実質的にはテレキャスターが世界初の量産型のソリッドボディ型のエレクトリックギターと言える。同年世界初のエレクトリックベースであるプレシジョンベースを発表。フレットを採用し正確な音程を得ることができるプレシジョンベースは当時革命的であった。1954年にはストラトキャスターを発表。その後も1958年にジャズマスター 、1960年にはジャズベース、1962年に当時の最高級機種であるジャガーを発表するなど、現在も多くのミュージシャンに愛用されている名器を生み出した。フェンダーのギターやベースの特徴としてソリッドボディの量産以外にボルトオンによるデタッチャブル・ネック方式が挙げられる。従来のセットネック方式(膠での接着)に比べ格段に修理などが容易になり、この方式は現在多くのギターメーカーで採用されている。エレクトリックギター産業の先駆者として多くの楽器を発表したフェンダーだが、1965年にCBS社に売却され法人としての「フェンダー社」は無くなる。また、同年V.C Squier社を買収する。同時にフェンダーは経営者から技術顧問として同社に残るも僅か数年で退社している。健康上の理由と新たに開発した技術を新体制のフェンダー社が積極的に採用しなかったためとも言われている。その後は楽器業界の低迷による売り上げの低下による業績不振、さらにフェンダー社製品の品質低下に加え、廉価なコピーモデルの横溢によって自社の市場が脅かされるなど企業として弱体化が進む事態を迎え、1980年代初め頃にはストラトキャスターなど看板商品が一時生産を終了するにまで至った。 1982年に日本での販売拠点として、フェンダーとフジゲンを筆頭株主とし、山野楽器や神田商会などが出資した株式会社フェンダージャパンを設立する。 1985年、CBS社の楽器部門の撤退により、ヤマハなどに在籍していたビル・シュルツを最高経営責任者に迎えてフェンダー社が再興される。同年に製造拠点を失っていたため、フジゲンの技術支援のもとコロナ工場を建設。 1987年に新たな工場拠点としてフェンダーとフジゲンでそれぞれ4800万円を共同出資し、メキシコ法人のフェンダーメキシコを設立する。同年にオーダーメイド部門のフェンダー・カスタム・ショップを設立。 1997年にバブル崩壊後、多大な負債を抱えていたフジゲンがフェンダージャパンとフェンダーメキシコの株式を売却し、フェンダージャパンは吸収合併され消滅、フェンダーメキシコは完全子会社となる。2012年に、新規株式公開(IPO)を申請。同社は2.4億ドルの長期負債を抱えており、IPOで調達した資金は負債の返済に充てると見られている。IPO申請時の株式保有率は、米ウエストン・プレシディオが42.92%、山野楽器が14.28%、神田商会が12.85%となっている。2015年3月20日、山野楽器との販売代理店契約を終了し、フェンダーが日本に現地法人を立ち上げることを発表した。4月1日より新たに立ち上げられたフェンダーミュージックジャパン株式会社が業務を引き継ぐ。




















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