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永遠の夢に向かってトラヴェリング・ウィルベリーズ

 

トラヴェリング・ウィルベリーズ

トラヴェリング・ウィルベリーズ














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The Traveling Wilburys - End Of The Line































トラヴェリング・ウィルベリーズ(Traveling Wilburys)は、1988年に結成された覆面バンド。各アーティストの所属レコード会社が異なる関係上、全員が「ウィルベリー姓の兄弟」という設定(ただし『Vol.1』ではチャーリー・T・ジュニアと1人だけウィルベリー姓ではない人物がいる)で実名を伏せ、覆面バンド(サングラス着用)というコンセプトであった。ただし、演奏やパフォーマンスで特定は容易。また、レコード会社の関係でプロモーションは行わなかったが、それでも6週連続3位とアルバムセールスは好調であった。1988年、ジョージ・ハリスンは、ロイ・オービソンとジェフ・リンと一緒に食事をした際、アルバム『クラウド・ナイン』(1987年)からの12インチEP「ディス・イズ・ラヴ」に、新たなB面の曲が必要になったことを相談。3人でレコーディングするために、カリフォルニア州マリブのポイント・デュームにあったボブ・ディランのホーム・スタジオを借りることにした。ハリスンは、トム・ペティにあずけてあったギターを取りに行ったついでに、ペティも誘い、ディランも説得して、5人で「ハンドル・ウィズ・ケア」をレコーディング。曲はB面にするにはもったいないほど、出来が良かった。レコード会社からも「アルバムにできないか」と持ちかけられ、5人は1988年の4月から5月の10日間をかけて、ユーリズミックスのデイヴ・スチュワートのロサンジェルスの家のキッチンなどで録音。仕上げをイギリスのハリスンの邸宅フライアー・パークで行い、アルバム『トラヴェリング・ウィルベリーズ Vol.1』は10月にリリースされた。メンバーは「ウィルベリー姓の兄弟」という設定で実名を伏せ、覆面バンドというコンセプトであった。アルバムは大きな成功を収め、現在米国RIAAよりトリプル・プラチナ・アルバムに認定。1989年のグラミー賞では、最優秀ロック・デュオ/グループを受賞した。プロモーションには、ジョージ・ハリスンも愛用していたギター・ブランドのグレッチ社より全面的な提携サポートを受け、全員がグレッチのギターを持った写真が撮られたり、ウィルベリーズ・モデルのギターがグレッチより限定で発売され PV でも使用された。また、ディランを除いた4人はいずれも、トム・ペティのアルバム『フル・ムーン・フィーヴァー』[8]およびロイ・オービソンのアルバム『ミステリー・ガール』(2作とも発売は1989年)のレコーディングに参加している。しかし1988年12月6日、ロイ・オービソンが急死。さらに彼の後釜として参加するといわれていたデル・シャノンが直前に自殺するなど(ただしシャノンの参加は噂に過ぎず、正式にアナウンスされたものではない)、活動は安定せず、結果的にバンドとしての活動自体はアルバム2枚をリリースしただけであったが、彼らのミュージシャンシップを感じ取ることのできる極めて有意義なものだった。なお、アルバムは1990年代後半から廃盤となり、ネットオークション等で高値で取引されていたが、2007年7月にデジタルリマスター盤が発売され、全英1位、全米9位という再発盤としては好調なセールスを上げている。

Nelson Wilbury / Spike Wilbury、ジョージ・ハリスン(元ビートルズ)
Otis Wilbury / Clayton Wilbury、ジェフ・リン(エレクトリック・ライト・オーケストラ)
Lucky Wilbury / Boo Wilbury、ボブ・ディラン
Charlie T. Jnr / Muddy Wilbury、トム・ペティ
Lefty Wilbury、ロイ・オービソン

ストリート・ロックの時代



















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