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永遠の夢に向かって『ロックン・ロールに恋狂い』

 

『ロックン・ロールに恋狂い』

『ロックン・ロールに恋狂い』















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Suicide Squad - "Ballroom Blitz"


































2016年にスウィート (SWEET)の70年代、アルバム(紙ジャケ5作品)がリイシューされた。スウィート (SWEET)の黄金期の作品は長らく廃盤や、版権の関連でリイシュー(復刻&再発)作業が遅れていただけに、全ブリティッシュ・ハード・ロック・ファン、グラム・ロック・ファン待望のリイシューとなった。リイシューに尽力された山田順一に改めて敬意を表す。“ヘヴィ・ハーモニー・ロック・グループ”と、再現された当時のキャッチにあるように、他に類を見ない、ディコラティヴな4声のハーモニーは、クイーン (Queen) に肉薄するほどの輝きを放っており、ドライヴするロック・チューンとも相まって、当時独自の存在を放っていた。60年代のビートバンド時代を経て、70年代のバブルガム・ポップ~グラム・ロック~ハード・ロック~ファンク・エレキトロ・ポップと、様々なアプローチがあり、やや音楽スタイルの定義づけが難しいバンドでもある。そのせいか、恐ろしいほどにコマーシャルなサウンド群にもかかわらず、類似のクイーン (Queen) ほどの後年の評価には遠く及んでいないという事実もある。(QueenはSweetがキライだった)。広告関係者は、まだまだ手垢(てあか)のついていない、スウィート (SWEET)サウンドを消化すべきだ・・・・と個人的には感じている。そう、思っていた矢先、TVCMから映画『スーサイド・スクワッド』の宣伝で「The Ballroom Blitz (ロックン・ロールに恋狂い) 」が流れてきたので溜飲(りゅういん)を下げた思いがした。スウィート (SWEET) は、イギリスのロックバンド。1970年代に10曲を全英シングルチャートでトップ10入りさせた。1968年、ウェインライツ・ジェントルメンというバンドの中心人物だったヴォーカリストのブライアン・コノリー(Brian Connolly、1945年10月5日 - 1997年2月9日)と、ドラマーのミック・タッカー(Mick Tucker、1947年6月17日 - 2002年2月14日)が同バンドを脱退し、ジ・アーミィというバンドにいたベーシストのスティーヴ・プリースト(Steve Priest、1948年2月23日 - )と、ギタリストのフランク・トービィとともにバンドを結成するが、直後にフランク・トービィが脱退、後任のギタリストとしてアンディ・スコット(Andy Scott、1949年6月30日 - )が加わり、スウィートの結成に至った。1968年7月、フォンタナ・レーベルよりシングル「スローモーション」でデビューするが、商業的に成功せず、直後にEMI傘下のパーロフォン・レーペルに移籍した。ここで3枚のシングルをリリースしたものの、これも商業的な成功には至らず、1971年、RCAに移籍した。ヒットメーカーのマイク・チャップマンとニッキー・チンが作詞作曲した「ファニー・ファニー(Funny Funny)」がイギリスのチャートで13位まで上昇、さらに次にリリースしたシングル「コ・コ(Co-Co)」がイギリスで2位、アメリカでも99位に初ランクされた。その後もチャップマンとチンが共作した「リトル・ウィリー」(英4位・米3位)「ブロック・バスター」(英1位・米73位)「ボールルーム・ブリッツ」(英2位・米5位)などリリースするシングルの多くがヒットし、スウィートはイギリスのポップ・ロック・シーンにおいて地歩を築いていった。「ブロック・バスター」は日本でも小ヒットした。しかし、1974年の夏頃には、スウィートはチャップマンとチンによるコントロールから離れようと思うようになる。そして、1975年にはメンバー4人が共作したオリジナル曲「フォックス・オン・ザ・ラン」が全英2位・全米5位の大ヒットを記録して、西ドイツのチャートでは1位を獲得し、スウィートのシングルとしては「リトル・ウィリー」以来のミリオンセラーとなった。続く「アクション」(英15位・米20位)も、やはりメンバー4人の共作で、この曲は後にデフ・レパード等にカヴァーされている。1976年に発表されたスタジオ・アルバム『甘い誘惑(Give Us a Wink)』には、チャップマンとチンの楽曲は含まれず、収録曲のほとんどがメンバー4人の共作で固められた。1978年に「ラブ・イズ・ライク・オクシジェン」が全英9位のヒットとなるが、その後は全英シングルチャートでトップ100入りすることができず、グループはスランプ状態に陥った。1979年には、ブライアン・コノリーが脱退してソロ活動を開始。スウィートは残った3人で活動を継続したが、ヒットに恵まれず、1981年に解散した。1985年、スウィートの代表曲をメドレーにしたダンス・シングル「イッツ・ザ・スウィート・ミックス」が全英45位に達して、その後スウィートが再結成された。1991年に再び解散。1993年に「Andy Scott's Sweet」名義で再々結成され、活動を継続する。また、2008年にはスティーヴ・プリーストもロサンゼルスを拠点としてThe Sweet名義での活動を開始した。2012年、アンディ・スコット以下ピート・リンカーン(リード・ボーカル、ベース)、トニー・オホーラ(ギター、キーボード、ボーカル)、ブルース・ビスランド(ドラムス、ボーカル)というラインナップで、カヴァーとセルフ・カヴァーから成るアルバム『New York Connection』を発表した。






















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