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永遠の夢に向かってGO GO スターリン

 

GO GO スターリン

GO GO スターリン

















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THE STALIN - GO GO スターリン

































「GO GO スターリン」(ゴー・ゴー・スターリン)は、日本の ロックバンドであるザ・スターリンの3枚目のシングル。1983年2月10日に 徳間ジャパンのクライマックスレコードから発売された。アルバム『虫』(1983年)からの先行シングルであり、ザ・スターリン唯一の12インチシングルとなっており、A面に「GO GO スターリン」、「カタログZ」が収録され、B面には「先天性労働者」が収録されている。曲の内容は共産党、共産主義に対する懐疑的な思いを絶叫するようなボーカルで歌っている。 後にアルバムに収録された際は、イントロ部が変更され、叫び声が削除された。B面曲の「先天性労働者」は、カール・マルクスとフリードリヒ・エンゲルスの共著による共産党宣言の一説を歌詞にした曲。アルバムには未収録となったが、ライブでは定番曲として演奏されていた。後に遠藤のソロ曲である「お母さん、いい加減あなたの顔は忘れてしまいました」(1984年)のバックトラックをベースにこの曲の歌詞を載せた、「お母さんいい加減〜先天性労働者」がライブアルバム『FOR NEVER』(1985年)に収録されている。また、その後に遠藤のソロアルバム『TERMINAL』(1987年)に「OH!マルクス」のタイトルで収録されている。また、「カタログZ」、「先天性労働者」はともにアルバム未収録となった。

ザ・スターリン (THE STALIN) は、日本のパンク・ロックバンド。ボーカルの遠藤ミチロウを中心に1979年に結成されたバンド、「自閉体」を母体として1980年結成。同年9月5日にファーストシングル「電動こけし/肉」をインディーズレーベルからリリース。その後1982年にアルバム『STOP JAP』で徳間音楽工業よりメジャーデビュー。3枚のアルバムをリリースした後に1985年解散。その後もビデオのみをリリースするというコンセプトの「ビデオスターリン」や、定冠詞の付かない「スターリン」というバンド名で復活している。バンド名の由来はソ連の独裁者、ヨシフ・スターリンからとっており、ボーカルの遠藤曰く「世界で最も嫌われている男の名前をつけたらすぐに覚えてもらえる」、「外国(東ヨーロッパ)に行くつもりだった」という理由で付けられた。また「スターリンとはバンド名ではない。俺の活動そのものの事だ」とも遠藤は語っている。同時期にデビューしたじゃがたら、INUなどと並んで日本のパンク・ハードコアシーンで活動していた。ラモーンズ直系の8ビートにG.B.H.のような攻撃的なハードコア・サウンドを足した楽曲と、言葉遊びを織り交ぜた皮肉を込めた表現の歌詞が特徴となっていた。ライブ会場では同時期に対バンなどをしていたじゃがたらの影響を受け、ボーカルの遠藤が鳩の死骸や豚の頭・臓物を客席に投げつけ、爆竹や花火を投げ込み、全裸でステージから放尿するといった過激なパフォーマンスで話題性を呼んだ。東京のライブハウス「屋根裏」を破壊し出入り禁止になったことや、とある高校の文化祭でゲリラ的にライブを行った時に遠藤が全裸になり逮捕された事もある。そうしたスキャンダラスな行為が評判となり、81年9月に週刊誌『女性自身』にザ・スターリンの記事が掲載され、マスコミに取り上げられるようになる。ザ・スターリンが他のバンドと違ったのは自ら積極的に雑誌やテレビなどのメディアを利用し、活動をアピールしてきた所であり、音楽・芸能問わず数々のメディアに登場していた。その一方で一部の暴力的なハードコア・パンクス達からは積極的にメディアを利用した宣伝を行い、「知的なパンク」を演奏するスターリンは異端児の様な扱いを受け、嫌われるという事もあった。メジャーデビュー後は、アルバムがオリコンチャートの上位に食い込むなど売上においても一定の成功を収める。しかし、結成当初よりメンバーが固定せず、メンバーチェンジを繰り返しながら活動していたが、主要メンバーが脱退してしまった事や前述のパフォーマンスや破壊活動を行われる事を危惧した全国のライブハウスやホールから徹底的に締め出され、ライブ活動を行う事が困難になった為、1985年2月21日の大映スタジオでのライブを最後に解散する。その後、遠藤はソロ活動を行っていたが、1987年にビデオのみをリリースするというコンセプトで、遠藤以外のメンバーを一新したビデオスターリンを結成。オーディションにより選出された3名のメンバーにより、ザ・スターリンの曲をカバーし2本のビデオ作品を発表したが、その後アルバムを1枚リリースし、1年ほどで解散する。1989年に再びザ・スターリンを結成するため、遠藤はドラムスの乾純に声を掛けようとしたが連絡が取れなかったため、元ルースターズ・ローザ・ルクセンブルグに所属していた三原重夫を中心に元THE LIPSの山盛愛彦やパラノイア・スターに参加していた西村雄介を新たなメンバーとして迎え、定冠詞なしのスターリンとして復活し、シングル「包丁とマンジュウ」、アルバム『JOY』にてアルファレコードよりデビューする。再結成に伴い、レコード会社やファンの間ではかつての過激なパフォーマンスが望まれていたが、遠藤やその他のメンバーはそれには応じず、独自のスタイルで活動していた。しかし、話題性、売上ともにザ・スターリン時代には及ばず、6枚のシングル・アルバム、2本のビデオをリリースするも、1992年12月14日の原宿ルイードでのライブを最後に活動停止し、翌1993年に解散した。その後は、遠藤主催のライブイベントなどで、都度異なるメンバーで一夜限りの再結成をしている。




















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