永遠の夢に向かってフリーバード

 

フリーバード

フリーバード















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Lynyrd Skynyrd-Free bird



































1977年10月20日のコンベアCV-240機墜落事故

飛行機事故で無念の解散となってしまったバンド、レーナード・スキナード(Lynyrd Skynyrd)。「ペギー・スー」などのヒット曲を持つロックンロールのパイオニア、バディー・ホリー、オジー・オズボーンのギタリストとして80年代に活躍、日本でもそのプレイに影響を受けたミュージシャンが多かったランディー・ローズ、カントリー歌手として名曲“カントリーロード(Country Road)”が有名なジョン・デンバー、偉大なソウル歌手、オーティス・レディングも航空機事故で亡くなっています。昔は航空機事故で亡くなるケースが多かったのです。しかも50代で亡くなったジョン・デンバー以外は20代でこの世を去っています(涙)。1964年、フロリダ州で結成されたレーナード・スキナード。バンド・コンテストで優勝後、地元のローカル・レーベルからデビュー、脱退や加入、再加入を経てMCAレコードからアルバム『レーナード・スキナード』でデビュー。最大のヒット曲“アラバマ(Sweet Home Alabama)”に代表される曲はロックとカントリーミュージックを融合させた(後にサザン・ロックと形容される)独特のサウンドで「TOCANA」様によると『70年代のアメリカ(とりわけ南部)を熱狂させ、今なお根強い人気を誇っている。』といいます。確かに音楽もルックスも良い意味で男臭い感じ。そこが魅力かも。(ライブは意外と女性ファンもいましたね)そんなレーナード・スキナードに悲劇が訪れたのが1977年10月20日。メンバーを乗せたツアー中の飛行機がミズーリ州上空で燃料切れを起こし、墜落。ボーカルであるロニー・ヴァン・ザント、ギタリストのスティーヴ・ゲインズ、ゲインズの姉でバックコーラスのメンバーだったキャシー・ゲインズ他が死亡。レーナード・スキナードが新アルバムをリリースしてからわずか3日後の出来事でした。これによりバンドは解散。突然の幕切れでした。残ったメンバーのその後はというと、ゲイリー・ロッシントン、アレン・コリンズ、ビリー・パウエルは1980年にロッシントン・コリンズ・バンドを結成し活動。しかし、アレン・コリンズは1986年に交通事故で下半身不随、4年後に慢性肺炎により死去。ボーカルのロニーの弟、ドニー・ヴァン・ザントは38スペシャルで奇しくも飛行機事故が起きた1977年デビュー。レーナード・スキナードの後継を名乗り、ライブでレーナード・スキナードの曲を演奏していたことも。1987年、ロニーのもう一人の弟、ジョニー・ヴァン・ザントとレーナード・スキナード再結成。2006年にはロックの殿堂入りも果たし、バンドは現在も活動中。2人の弟が兄・ロニーの遺志を受け継いだことに。残念なことに初期メンバーのビリー・パウエルは2009年に心臓麻痺で死去。初期メンバーのボブ・バーンズは2015年4月3日、交通事故で死去しています。『職業柄、移動が多いからであろうか。ミュージシャンと航空事故死は切っても切り離せない因果で結ばれており、時として世間を騒がせ、人々の心に暗い影を落とす。』レーナード・スキナードは飛行機事故により解散してしまうという、無念の解散、運命に翻弄されたバンドと言えるでしょう・・・。やはり、若い人や才能あふれる人が突然事故で亡くなるのを聞くと悲しい気持ちになります・・・。

「フリー・バード」(Free Bird)は、アメリカのロック・バンド、レーナード・スキナードが1973年にデビュー・アルバム『レーナード・スキナード』で発表した楽曲。メンバーのロニー・ヴァン・ザントとアレン・コリンズが共作した。1974年にはショート・ヴァージョンがシングル(MCA-40328)としてリリースされた。1971年に死去したデュアン・オールマンに捧げられた曲である。当初は前半のスローな部分だけだったが、ヴァン・ザントの案によって後半に長いギター・ソロをフィーチャーすることになり、また、バンドのローディーだったビリー・パウエルがイントロを考えた。なお、パウエルはこの時の貢献をきっかけにレーナード・スキナードの正式メンバーとなった。1973年3月にデモ・レコーディングが行われ、このヴァージョンは後にアルバム『レーナード・スキナード』のリマスターCDにボーナス・トラックとして追加収録されている。そして、同年4月3日に録音されたヴァージョンが『レーナード・スキナード』に収録された。プロデューサーのアル・クーパーがオルガンの演奏で参加しており、アレン・コリンズはギブソン・エクスプローラーを使用して、ゲイリー・ロッシントンはリズムギターのパートでギブソン・レスポールを、スライドギターのパートでギブソン・SGを使用した。アルバム発表から1年以上後の1974年11月にシングル・カットされて、1975年には全米19位に達し、レーナード・スキナードにとって2作目の全米トップ20シングルとなった。「フリー・バード」は『ローリング・ストーン』誌が選出したオールタイム・グレイテスト・ソング500で193位にランク・インしており、2009年にはVH1の企画「100 Greatest Hard Rock Songs」で26位にランク・インした。この曲のギター・ソロは、『Guitar World』誌が2008年に選出した「100 Greatest Guitar Solos」で3位にランク・インし、ギブソン公式サイトが2010年に発表した「Top 50 Guitar Solos of All Time」では6位にラこの曲は『アメリカン・ポップ』(1981年公開)、『フォレスト・ガンプ/一期一会』(1994年公開)、『デビルズ・リジェクト マーダー・ライド・ショー2』(2005年公開)、『スピード・レーサー』(2008年公開)、 『キングスマン』(2015年公開) 等、多くの映画のサウンドトラックで使用された。コンピュータゲームの分野では、『グランド・セフト・オート・サンアンドレアス』のサウンドトラックで使用され、また、2010年には音楽ゲーム『ロックバンド3』で使用された。プロレスの分野では、ファビュラス・フリーバーズが活動初期にテーマ曲として使用していた。ンク・インした。音楽評論家のBill Janovitzは、allmusic.comにおいて「ロック史上初のパワー・バラードの1つ」と評している。













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