永遠の夢に向かってロシアン・ルーレット

 

ロシアン・ルーレット

ロシアン・ルーレット















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Russian roulette





































『ロシアン・ルーレット』

『ロシアン・ルーレット』(13)は、2010年にアメリカで公開されたサスペンス映画。ゲラ・バブルアニ監督が、自身の長編デビュー作『13/ザメッティ』をハリウッドでリメイクした作品。17人の男たちによる100万ドルの賞金を懸けたロシアン・ルーレットを緊張感たっぷりに描くサスペンス・スリラー。グルジア出身のゲラ・バブルアニ監督の『13/ザメッティ』をハリウッドでリメイクし、バブルアニ監督が再びメガホンを取る。『コントロール』のサム・ライリーのほか、ジェイソン・ステイサムやミッキー・ロークなどハリウッド・スターたちが出演。命をもてあそぶ金持ちたちと命を懸ける男たちを大胆に描き、スリル満点のハリウッドらしいエンターテインメント作品に仕上がっている。


ロシアン・ルーレット発祥

「ロシアン・ルーレット」は拳銃を使った死のゲームだ。リボルバー式の拳銃に1個または複数の実弾を込め、あてずっぽうにシリンダーを回転させて、自分に向かって撃つ。誰もがこのゲームをロシアのゲームと信じて疑わないが、すべてが始まったのは雑誌のある記事からだった。ロシア人軍曹の話とは「ロシアン・ルーレット」という言葉が初めて登場したのは1937年。アメリカの「コリアーズ・ウィークリー」誌に、フランス系スイス人の作家、ジョージ・サーデスの「ロシアン・ルーレット」という記事が掲載された時。記事は北アフリカのフランス外国人部隊の兵士が退屈解消のために採用していた、リスクの高い娯楽に関するものだった。1917年にルーマニアにいたロシア人軍曹との会話について書いているドイツ人傭兵の手紙を、サーデスは引用。軍曹はこう言ったという。「周囲が全員倒れた時、ロシア人将校はステータス、お金、家族、国を失うだけでなく、同盟者の手前面目も立たないと考えた。そして将校の一部はテーブルに向かって、カフェで、または友人のもとで、リボルバー式拳銃を手に取り、弾丸1個をシリンダーから外し、それを回して、銃口を自分のこめかみにあて、トリガーを引いた。銃弾が発射する確率は6分の5。発射する時もあれば不発の時もあった」。ここでふと疑問を感じる文がある。「6発中5発」とは。1917年にロシア軍が使用していたのは、装弾数7発のリボルバー式拳銃「ナガン」。6発の拳銃はスミス&ウェッソンで、当時すでに廃れていた。またこれほど確率が高ければ、将校はすぐにいなくなってしまう。ポイントは、軍、ルーマニア、または他のどこかで「ロシアン・ルーレット」が存在していたことを証明する書類も回顧録も、一切ないということである。サーデス自身、「ロシアン・ルーレット発明者」と呼ばれて、特に反論していなかった。拳銃を愛好するアメリカにさえ、この時までこのようなゲームはなかった。だがサーデスの記事は人気となり、ダイジェスト版も再版された。そして8ヶ月後、若きアメリカ人トーマス・マークリーが、自分の誕生日にこの方法で亡くなった。これはアメリカで初めてのロシアン・ルーレット死亡事故とされている。アメリカの統計では現在50件ほどのこのような事故が記録されており、また事故は騒動になっている。ロシアにはロシアン・ルーレット死亡事故の統計はないが、件数を数えようとしても記録もなければ、記憶もなければ、インターネット上にも特にそのような話はない。つまり、ロシアン・ルーレットというよりも、アメリカン・ルーレットという感じだ。カナダの研究者イワン・カチャノフスキー氏によると、旧ソ連諸国に関するもっとも一般的な固定観念のランキングで、ロシアン・ルーレットは第2位だという。第1位はロシアン・マフィアだ。


ロシア文学では極めてまれ

将校の日常や習慣は、ロシア文学の伝統的な題材だ。ロシアン・ルーレットは作家にとって格好のモチーフになる。将校の虚勢を描く時も、摘発すべき悪習としても。しかしながら、ロシアン・ルーレットをほうふつとさせるような記述のあるロシア革命前の作品は、ミハイル・レールモントフの『現代の英雄』の最終章「運命論者」のみのようである。舞台はリボルバー式拳銃がまだ存在していなかった19世紀前半。火薬を手で薬池に入れなければいけない、フリントロック式の銃を登場人物は扱っている。ヴーリチ将校は運命を確かめようとしながら、自分に向かって銃を撃つ。その銃が充填されているのかはわからないが、万が一の時のために頭に寝具をかぶっているのだから充填されているのだろう。銃は不発だった。調べるために対象をはずして発砲すると、弾丸は入っていた。このロマンチックな遊びから、時代は1980年代へと飛ぶ。亡命作家ユーズ・アレシコフスキーの中編小説『ルル』だ。主人公はロシアの辺境の村で密造酒を飲み、カエルを食べ、2人の地元の住人および警官と実存主義的なテーマや政治的なテーマについて会話をする。会話の途中で警官が地元住人の1人に「ルル」ゲームをやろうと誘う。こちらは成功し、会話は続く。村の警官がシリンダーのないマカロフ式ではなく、なぜリボルバー式拳銃を持っていたのかよくわからない。しかしながらこの酔った会話の裏に、絶望が隠れている。このまったく異なる2作の間に、ロシア文化としてのロシアン・ルーレットはない。アレクサンドル・グリーンには少し異なる作品がある。アーサー・コナン・ドイルの「緋色の研究」に描かれていた「アメリカの決闘」と呼ばれるゲームと死に関するもの。錠剤が2錠あり1錠は毒入り。決闘者はどちらかを選ぶ。この話は種類が違う。ロシアン・ルーレットという名称でも、他の名称でも、ロシアでは知られていない。ロシアのデカダンス派も知らないし、実際に絶望した、軍事経験を持つ「第一波」の亡命ロシア人も知らない。ソ連文化によって悪化した白系将校のイメージすら、ロシアン・ルーレットとは無関係である。絶望した白系将校は銃で自殺することもあったが、そこにはいかなる運命の遊びもない。


数々のアメリカ映画

ロシアン・ルーレットという言葉はロシアでも定着し、それに関する映画や本もつくられている。ソ連時代に西側の不道徳な習慣を暴露していた新聞、その後入手可能になった『ディア・ハンター』などの西側の映画が影響を及ぼしたのかもしれない。『ディア・ハンター』では亡命ロシア人の子孫が主人公。ロシアン・ルーレットに参加し、そのおかげでベトナムの捕虜の身から逃れることができる。ところで、ベトナムでそのようなことは行われておらず、現実とは異なるとして、この映画は批判されていた。同じモチーフの傑作には、エミール・クストリッツァ監督の『アリゾナ・ドリーム』がある。これ以外にロシアン・ルーレットが出てくる映画は、アメリカにたくさんある。火のないところに煙は立たず。ロシアン・ルーレットがロシア人の間で広がっていたことはないものの、リボルバー式拳銃を使ったとんでもないゲームは、フランス人でもなく、イタリア人でもなく、銃好きなアメリカ人でもなく、ロシア人だとしっくりくるようだ。 ロシアン・ルーレットが出てくるロシア映画としては、軍のコメディー『DMB』(2000)や犯罪ブラック・コメディー『ジムルキ』(2005)がある。














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