永遠の夢に向かってディア・ハンター

 

ディア・ハンター

ディア・ハンター















thumb-1920-822510_convert_20170921005054.jpg
















The Deer Hunter 1978











































「ディア・ハンター」(The Deer Hunter)は、1978年公開のアメリカの映画です。1960年代末期におけるベトナム戦争での過酷な体験が原因で心身共に深く傷を負った若き3人のベトナム帰還兵の生と死、彼らと仲間たちの友情を、マイケル・チミノ監督、デリック・ウォッシュバーン脚本、ロバート・デ・ニーロ、クリストファー・ウォーケン、ジョン・サヴェージらの出演で描いています。第51回アカデミー賞で作品賞、監督賞(マイケル・チミノ)、助演男優賞(クリストファー・ウォーケン)、音響賞、編集賞を受賞した作品です。ピッツバーグ郊外、クレアトンの製鉄所で働くロシア系移民のマイケル(ロバート・デ・ニーロ)、ニック(クリストファー・ウォーケン)、スティーブン(ジョン・サヴェージ)、スタン(ジョン・カザール)、アクセル(チャック・アスペグレン)、ジョン(ジョージ・ズンザ)は休日になれば全員で鹿狩りを楽しむ、仲の良い友人達です。そんな彼らにもベトナム戦争の影が迫り、徴兵されてベトナムに向かうマイケル、ニック、スティーブンの壮行会が、スティーブンとアンジェラ(ルターニャ・アルダ)の結婚式も兼ねて行われました。アンジェラは別の男との間の子供を身ごもっていましたが、スティーブンはそれを承知の上で式に臨みました。式も終わりに近づく頃、ニックは突然リンダ(メリル・ストリープ)に結婚を申込み、リンダは喜んでそれを受け入れます。一夜明けて彼らは揃って鹿狩りに出かけ、マイケルは見事な鹿を彼の流儀通りに一発で仕留めます。

アメリカ軍が苦戦を強いられるベトナムの戦場で、マイケルは偶然にもニックとスティーブンに再会しますが、3人は捕虜となってしまいます。彼らが閉じ込められた小屋の中ではロシアンルーレットが行われていました。北ベトナムの兵士たちは一発の弾の込められたリボルバーを捕虜に渡し、自らのこめかみに向け引き金を引かせ、弾が出るかどうか賭けて楽しんでいました。銃声を聞いたスティーブンは発狂寸前となりますが、冷静なマイケルはサディスティックな北ベトナムの兵士の心理を逆に利用して脱出することを考え、兵士たちに弾倉に込める弾を3発に増やすことを提案します。これは兵士たちにとって自分達を殺傷する機会を相手に与えることを意味しましたが、彼らはそれに気づかず、複数の弾の込めた銃をマイケルに渡します。隙をついたマイケルは次々と北ベトナム兵を射殺、スティーブンとニックを連れて脱出します。丸太にしがみついて濁流を下り、自軍のヘリコプターに吊り上げられますが、マイケルとスティーブンは力尽き川へと落ちてしまいます。マイケルは足を骨折したスティーブンを担いで街道にでて、行軍中のジープにスティーブンを乗せて病院に運ぶように頼み、自分は徒歩で町に向かいます。

ヘリで救出され、病院にて回復したニックはサイゴンの町に繰り出し、そこでロシアンルーレットの賭けに興じる集団を目にします。観衆の中にはマイケルもいましたが、ニックは気づきません。怪しげな男からプレーヤーになれば金を稼げるという誘いを断ったニックでしたが、実際に引き金が引かれるのを目にした彼は急に銃を奪い、自らのこめかみに当てると、躊躇なくその引き金を引きす。弾は出ませんでしたが、場は騒然となり、彼はマイケルの追跡を振り切り、誘いかけた怪しげな男と夜の闇へ消えていきます。マイケルは二年後に帰還、故郷の仲間たちはマイケルを温かく迎えますが、マイケルは歓迎パーティに出席しません。友人達と久々の鹿狩りに出かけますが、追いつめた鹿を逃がしてしまいます。両脚を失い陸軍病院で治療を受けているスティーブンを見舞ったマイケルは、サイゴンからスティーブン宛に謎の送金があることを知り、陥落寸前のサイゴンへと飛びます・・・。

凄い映画です。三時間の大作ですが、戦闘シーンがほとんど出てきません。戦地に赴くまでの話に一時間以上が費やされ、戦地から帰ってきてからの話にも一時間以上費やされます。そして、この戦地に行く前と後の違いが、じんわりとボティ・ブローのように効いてきます。「兵士ならずとも母国にいながら戦争の恐ろしさに震え上がる映画」と評した人がいますが、戦争をそのものを描くことなく、戦争がもたらすものをじわりと描いています。ベトナム戦争を描いた名作は少なくありませんが、その中でもベストの作品と言っても良いのではないかと思います。

ロシアン・ルーレットのシーンが有名ですが、実際のベトナム戦争ではそのようなことは無かったと言われています。実は、元となったのはルイス・ガーフィンクルとクイン・K・レデカーが舞台用に書いた「The Man Who Came to Play」という脚本で、ラス・べガスにロシアン・ルーレットをしにいく男たちを描いたものでした。プロデューサーのマイケル・ディーリーがこの映画化権を購入していましたが、そのままでは弱い為、映画化を躊躇していました。彼の経営する会社がイギリスのEMIに吸収された際に、ベトナム戦争にからめて映画化する資金をEMIから引き出すことに成功しました。この映画が企画された1970年代半ばのハリウッドのメジャー・スタジオではベトナム戦争がタブーで、誰もお金を出そうとしませんでしたが、イギリスの会社だからこそ資金提供できた背景があります。

そして抜擢された気鋭のマイケル・チミノが、見事、期待に応え、アメリカ人にとって嫌な思い出しかないベトナム戦争の戦闘シーンをほとんど描く事なく、費用もあまりかからないロシアン・ルーレットに置き換えることに成功しました。ロシアン・ルーレットの撮影は、気合いの入ったものでした。スタッフは撮影場所となった倉庫に寝泊まりし、撮影には緊張感を高める為に実弾を込めた銃が使用されました(但し、引き金をひく前に弾倉が空であることを確認した)。撮影中、周囲から檄を飛ばされ、実際に殴られて、俳優のテンションが上がっています。また、戦地に行く前後で音楽が巧みに使われています。前半では、「君の瞳に恋してる」*1が二回も使われ、また、メイン・キャラクターがロシア系アメリカ人ということもあり、披露宴のパーティではトロイカ、カチューシャに乗って飲めや歌えやの大騒ぎが延々と続き、庶民の幸な生活を強く印象づけます。このシーンだけで、撮影に5日間も費やされ、エキストラも実際に結婚のお祝いの贈り物を模した化粧箱を持ち寄るなど、撮影を盛り上げる工夫がなされています。

戦闘シーンをロシアン・ルーレットに置き換えることに成功、また、PG-12指定とレイティングも軽かった「ディア・ハンター」ですが、この映画で描かれるロシアン・ルーレットを真似、約30人が事故で亡くなったのは残念と言わざるを得ません。ロバート・デ・ニーロ、クリストファー・ウォーケン、メリル・ストリープ、いずれもオスカー俳優ですが、皆さん、若いです。特に、メリル・ストリープはまだ、映画デビュー二年目で、有名になる前です。残念なことに、ジョン・カザールは本作が遺作となってしまいました。彼がガンであることが知ったプロダクション側が、彼を途中で降ろそうとした時、メリル・ストーリープは彼を降ろすなら自分も降りると、身を挺してこれを阻みました。花道を飾らせてあげたかったのでしょう。ジョン・カザールは撮影終了後、間もなくして亡くなりました。本作品は、第51回アカデミー賞で作品賞、監督賞(マイケル・チミノ)、助演男優賞(クリストファー・ウォーケン)、音響賞、編集賞を受賞、1996年にアメリカ国立フィルム登録簿に登録されました。















Robert-De-Niro-in-The-Deer-Hunter-the-deer-hunter-22913857-685-385.jpg















STAR




Guide
  •  …この記事と同じカテゴリの前後記事へのページナビ
  • nbsp;…この記事の前後に投稿された記事へのページナビ
 

~ Comment ~

  ※コメントの編集用
  シークレットコメントにする (管理者のみ表示)

~ Trackback ~

卜ラックバックURL


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

MENU anime_down3.gif