永遠の夢に向かってエンニオ・モリコーネ

 

エンニオ・モリコーネ

エンニオ・モリコーネ















wallpaper-cawboy-photo-06.jpg
















For A Few Dollars More Theme - Ennio Morricone





































エンニオ・モリコーネ(Ennio Morricone)はイタリアの作曲家である。映画音楽で特に知られる。ローマで生まれ、ローマのサンタ・チェチーリア音楽院でゴッフレド・ペトラッシに作曲技法を学んだ後、作曲家としてテレビ・ラジオ等の音楽を担当した。1950年代末から映画音楽の作曲、編曲、楽曲指揮をしている。映画音楽家デビューは1960年の『歌え!太陽』(Appuntamento a Ischia)だと言われていたが、オリジナルのスコアを使用した映画は1961年のルチアーノ・サルチェ監督の『ファシスト』(Il Federale)であり、こちらがデビュー作だと言われるようになっている。1960年代はセルジオ・レオーネ監督とのコンビで、いわゆる「マカロニ・ウェスタン」作品で存在感を増していった(レオーネとのコンビは彼の遺作となった1984年の『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』まで続いた)。1986年、ローランド・ジョフィ監督のイギリス映画『ミッション』で新境地を開拓、それ以後はイタリア国外でも評価が高まり、1987年には『アンタッチャブル』でグラミー賞を受賞、1989年には『ニュー・シネマ・パラダイス』で世界的な知名度を得た。これまでに『天国の日々』 (1978年)、『ミッション』 (1986年)、『アンタッチャブル』 (1987年) 、『バグジー』(1991年) 、『マレーナ』(2000年) と、合計6回アカデミー賞にノミネートされている。日本でも、2003年にNHKの大河ドラマ『武蔵 MUSASHI』の音楽を担当している。2007年、第79回アカデミー賞において名誉賞を受賞した。2016年、『ヘイトフル・エイト』の音楽で第88回アカデミー賞作曲賞を受賞した。早めに就寝し、午前4時には起きて、朝に運動や作曲を行うという生活習慣を採っている。愛妻家として知られ、2007年にアカデミー賞特別功労賞を受賞した際には、壇上で「このオスカーを、大いなる献身と愛情を持って、長年自分のそばに常にいてくれた妻のマリアに捧げたい。マリア、君への想いは変わらない」と、愛妻マリア夫人に感謝の言葉を捧げている。チョコレートが好きで一時体重が86キロあったが、食べる量を減らし、家の中を走り回って72キロにまで減らした。ここまで減らしたのだからたまにまたチョコレートくらい食べてもいいのではないかとは思っているが妻に怒られるので内緒で食べることにしている。マカロニ・ウェスタンやジャッロなど暴力や流血描写が多い映画への音楽提供で名高いが、モリコーネ本人は過度な流血描写を嫌悪すると語っている。セルジオ・レオーネ監督の『荒野の用心棒』に対しては公開当時から現在まで一貫して俗悪な映画であると考えており、モリコーネの音楽を使用したクェンティン・タランティーノの映画『ジャンゴ 繋がれざる者』(2012年)に対しても「正直言って好きな映画ではない。流血ばかりで」と語っている。ピエル・パオロ・パゾリーニ監督は、残酷描写の多い『ソドムの市』(1975年)の音楽をモリコーネに依頼した時、試写でショッキングな描写を一切モリコーネに見せなかった。モリコーネはこの配慮に感銘を受け、現在もパゾリーニに対して変わらぬ友情の念を抱いていると語っている。政治的には穏健な立場ではあるが、一貫して左翼を支持している。支持政党はイタリア社会党であり、最も偉大なイタリアの政治家として毀誉褒貶の多い人物であると認めながら、イタリア社会党の書記長を務めたベッティーノ・クラクシの名を挙げている。現在の政治家で評価できる人物として、いずれも左派に属するワルテル・ヴェルトローニ、フランチェスコ・ルテッリ、ピエル・ルイジ・ベルサーニを挙げている。














STAR







Guide
  •  …この記事と同じカテゴリの前後記事へのページナビ
  • nbsp;…この記事の前後に投稿された記事へのページナビ
         
M:I-2  ←M:I-2 【2017年08月】の更新記事一覧 →『Call Me』  『Call Me』
 

~ Comment ~

  ※コメントの編集用
  シークレットコメントにする (管理者のみ表示)

~ Trackback ~

卜ラックバックURL


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

MENU anime_down3.gif