永遠の夢に向かってワインレッドのスペシャルカー

 

ワインレッドのスペシャルカー

ワインレッドのスペシャルカー















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トヨタ自動車株式会社












































車のカラー表示における 「マイカ」 と 「メタリック」

デビュー直後のスープラは、ワインレッドであるレッドマイカという色がイメージカラーで、フロント部は先代モデルであるセリカXXの面影を強く残しています。自動車メーカ各社のカタログを眺めると、車体のカラー表示には例えば、レッドマイカ、ウォームシルバーメタリック、ブラックマイカ、ブルーマイカメタリック、ダークレッドマイカ等のように末尾に「マイカ」や「メタリック」が付いたものが多々あります。車の塗装は、3層に分かれていて基本的には下塗り(防錆塗装)、中塗り(下地塗装)、上塗りの三層構造で、最終の上塗りをする際に混入する成分によりカラー表示の末尾に以下のような文字が付加されます。


マイカ(mica)雲母片入り

真珠のような輝きを出す為に、光を反射・透過する石の雲母(うんも、マイカ)片を加えたもの。雲母は「きらら」とも呼ばれる、六角板状の結晶をなす珪酸塩鉱物で花崗岩などに含まれ、薄くはがれ、また電気を通しにくい性質を持ち、絶縁体として利用されます。外見上の色から白雲母、黒雲母、金雲母などに分類されます。雲母(うんも)は、ケイ酸塩鉱物のグループ名。きらら、きらとも呼ばれる。特に電気関係の用途では、英語に由来するマイカの名前で呼ばれる事も多い[1]。英語のmicaはラテン語でmicare(輝くの意)を由来とする。


メタリック(metallic)アルミ片入り

金属的な光沢(キラキラ感)を出す為に光を反射させるアルミ片(粉末)を加えたもの。アルミ(アルミニウム:Aluminum)は比重 2.7と軽量で、電気伝導度は単体金属としては銀、銅、金についで4番目に大きい。なお、ホワイトパールのように、「パール(pearl)」を末尾に付加した色名もありますが、パール塗装とマイカ塗装は基本的には同じで、各メーカが独自性を持たせるために呼び名を変えているだけのようです。 本物の真珠が入っている訳ではありません。また、ホワイトソリッドのように、「ソリッド(solid)」の付いたカラーは最も簡素な単色塗装で、そのため再塗装も容易です。いずれの塗装においても、通常は上塗り塗装の上に更に透明なクリヤー塗装が施されます。


生粋の国産スポーツカー

日本を代表する偉大なるスポーツカー、トヨタの初代スープラ。ラテン語で「至上かつ最高」「上へ」「超えて」といった意味を持つ。XXが初代でしょ、って言う人もいるかも知れませんが、XXはセリカと言う別の車なので、こいつを初代とさせてください。いずれにしても、数少ない生粋のスポーツカーでしょ。本当の意味で生粋の国産スポーツカーって呼べる日本車はスープラとRX-7とNSXとZ31までのフェアレディくらいじゃないですか?A70型スープラは日本では1986年2月6日(昭和61年2月6日)にセリカXXをフルモデルチェンジする形で登場した。それ以前はアメリカではセリカXXをスープラの名前で販売していたから、国内名と輸出名がこのときに統一されたことになる。当時のトヨタは、セリカXXのイメージを継承するクルマではなく、新しいスポーツカーを投入するという形でのマーケッティング戦略をとり、初代(国内)スープラはかつての2000GTとの関連性を表現するために“トヨタ3000GT”を標榜しての登場としていた。この時代はまだ、運輸省(当時)がスポーツカーを名乗ることを快く思わなかった時代であったため、直接にスポーツカーを名乗れなかったこともある。駆け出しの自動車ライターだった当時の私が、今はなき某ヤング向け雑誌に“セリカXXのフルモデルチェンジ”と書いたら、トヨタから編集部宛に「フルモデルチェンジではなく新しいクルマです」というクレームがついたという話を今でも覚えている。もちろん無視です。ひと世代前のセリカXXから、すでにセリカの上級バージョンというよりはラグジュアリーなソアラのスポーティな姉妹車という性格を持つクルマになっていたが、その姉妹車関係が一段と密接なものになったのが初代スープラだった。外観デザインはロングノーズ・ショートデッキのいかにものいかにもスポーツカーらしいもので、フロントにリトラクタブル(格納式)ヘッドライトを持つ外観は見るからにカッコ良いものだった。デビューした当初ボディタイプは1種類だけだったが、1986年6月にはオープンカーのエアロトップが追加された。これはルーフ部分を専用の工具を使って手動で脱着するもので、外したルーフは後部のラゲッジスペースに固定する仕組みになっていた。ルーフ自体もけっこう重くて一人で脱着できなかったから、ルーフを開けて走っているエアロトップ車を見かけることはあまりなかった。ボディについては1987年1月にフェンダー部分を膨らませたワイドボディの3.0GTリミテッドが追加され、その後ワイドボディ車の設定が拡大していった。インテリアは初代ソアラから採用が始まったデジタルメーターが一般化してきた時期ということもあり、初代スープラにも最上級グレードの3.0GTリミテッドにはパノラミックデジタルメーターと呼ぶ、デジタル表示のスピードメーターやバーグラフ表示のタコメーターが採用されていた。シートはセミバケットタイプのスポーツシートが主要グレードに標準装備され、最上級グレードにはパワーシートが標準で本革シートがオプション設定されていた。スライドやリクライニングが電動式ではなかったが、腰の部分を支えるランバーサポートや腿の部分を支えるサイサポートは、大半のグレードのシートが電動化されていた。運転席と助手席には十分な室内空間が確保されていたが、乗車定員は5人乗りだったものの、後席の居住空間は大人が乗るのに十分なものとはいえなかった。特に後席の中央は人が乗れるスペースではなかった。デビューした当初の搭載エンジンは4機種。直列6気筒2.0リッターがSOHCの1G-EU型、DOHCの1G-GEU型、DOHCツインターボの1G-GTEU型、そして直列6気筒3.0リッターDOHCターボの7M-GTEU型が搭載されていた。パワーはそれぞれ、105ps、140ps、185ps、230psだった。なお、モデル末期には280psを発生する1JZ-GTE型エンジンも搭載されている。トランスミッションはデビューした当初は3.0リッター車には5速MTの設定がなかったが、後に追加されている。全グレードに設定されたATは4速で、1G-EU型以外には電子制御式のECTが組み合わされていた。この時代、トヨタはエンジンのレーザーに対して足回りにペガサス(PEGASUS)というキャッチフレーズを付けたが、こちらはあまり浸透しなかった。ただ、スープラの足回りは前後ともダブルウィッシュボーン式で、上級グレードには電子制御サスペンションのTEMSも採用されていたから、当時としては高いキャパシティを持つ足回りだった。A70型スープラは現在の中古車市場にもまだたくさん生き残っている。最終年式が1993年なので最も新しいものでも20年前のクルマということになるが、人気のスポーツカーなので生き残っているクルマは簡単には解体回しにはならないようだ。流通量が多いのは最終モデルに設定された2.5GTツインターボで、パワフルなエンジンが魅力となる。普通の中古車なら相場は80万円くらいで売られているようだが、今でも生き残っているクルマはチューニングなど手が加えられた中古車が多く、そうしたクルマでは100万円を超える例も珍しくない。2.0GTツインターボや3.0GTリミテッドなどがあると、50万円前後を中心に80万円くらいまでのまでの価格帯で売られている。流通量自体はそこそこあるので、なるべく程度の良い中古車を選ぶようにしたい。






Toyota Supra GT (5)






ワインレッド(レッドマイカ)のスペシャルスポーツカー

A70型よりセリカから独立、日本国内でも北米仕様と同じ「SUPRA」という車名を採用。発売当時のキャッチコピーは「TOYOTA 3000GT」であり、1960年代の名車トヨタ・2000GTをイメージしていた。ソアラと共通のプラットフォーム(ただし補強は少ない)を使用し、当初の主なエンジンは、2Lは1G-EU、1G-GEU、そのツインターボ版1G-GTEU、3Lターボの7M-GTEUであった。1986年6月にはエアロトップが発売され、1987年1月にはソアラと同時に7M-GTEUにも5速MTが設定され、それまでは輸出仕様のみに採用されていたブリスターフェンダーの3ナンバー仕様ボディーの「3.0GTリミテッド」が追加された。1988年8月にはマイナーチェンジが行われ、フロントマスク及びテールライトのデザインが変更された。1G-GTEU、7M-GTEUはハイオク仕様へ改良されパワーアップした。また3Lグレードは全て輸出仕様車と同様のワイドボディーとなった。1989年8月に一部変更が行われ、ツインターボ版1G-GTE仕様にワイドボディが追加され、さらにE仕様もワイドボディ化。また3.0Lターボ仕様にTEMS、パワーシート、デジタルメーターを省略して価格を抑えた廉価仕様の「3.0GTターボS」が追加された。モデル末期の1990年8月、最後のマイナーチェンジ。エンジンの変更やサスペンションの設定見直し等が主体となる。これまでの最上級グレード「3.0GT」系のエンジンを新たにX80系マークIIのスポーツグレードに採用された2.5Lツインターボ 1JZ-GTEに換装し、またサスペンションにドイツのビルシュタイン社と共同開発した専用ダンパーを採用。タイヤもインチアップされ、スポーツカーとしての性能を大幅に引き上げた。そのためグレード名は「2.5GTツインターボ」に改称され、3Lターボ仕様の7M-GTE搭載車は廃止された。また、外観では、フロントノーズのエンブレムが縦長のスープラ独自のものから1989年に発表された初代セルシオより採用されている新トヨタCIマークに変更されている。ちなみにこの「2.5GTツインターボ」は、当時のトヨタ車として初の280PSの5速MT設定車であり(AT仕様もあり)、当時の国産市販車の280PSクラスのレシプロエンジン車では2.5Lと最小排気量であった。また、グループAのホモロゲーション取得用モデルとして7M-GTEに専用開発のターボAタービン(CT26型ベース)を搭載した3.0Lターボ車「ターボA」が、1988年8月のマイナーチェンジと同時に500台限定で販売された。特徴はフロントバンパーセンター部の3連ダクトで、このダクトの形は「ターボAダクト」と呼ばれた。その他の特徴として、ボディカラー、ホイールも黒、内装は本革シートを採用し5速マニュアルのみの設定でメーター類はアナログのみとなる。吸入空気量測定方式を従来のLジェトロからDジェトロとした。インタークーラーも大型の物が装着され、最高出力は量産型の240PSから270PSにまでパワーアップされた。ちなみにグループAでのスープラは、デビューウィンこそ飾ったものの、その後はフォード・シエラや日産・スカイラインの前に苦戦し、R32スカイラインGT-Rが席巻した1990年をもって撤退した。通常純正部品をディーラーで購入する場合、車検証が必要になるが、このターボAタービンは実際に車両を持参しないと購入できなかった。これは、ユーザーの間でターボAタービンを他車種(ソアラMZ20/21、スープラMA70量産型)に流用するチューニングがあまりにも広まったためといわれる。















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SUPRA 3000 TWINCAM24 TURBO

3.0GT TURBO LIMITED (WIDE BODY)

3.0GT TURBO (WIDE BODY)

3.0GT TURBO-S (WIDE BODY)

SUPRA 2000 TWINCAM24 TWIN TURBO

2.0GT TWIN TURBO (WIDE BODY・Electronics仕様車)

2.0GT TWIN TURBO (WIDE BODY)

2.0GT TWIN TURBO (STANDARD BODY)

SUPRA 2000 TWINCAM24

GT (STANDARD BODY)

SUPRA 2000 24VALVE

G (STANDARD BODY)


A70型スープラ

レッドマイカ












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