永遠の夢に向かってロドニー・クロウェル

 

ロドニー・クロウェル

ロドニー・クロウェル















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Rodney Crowell - Frankie Please






















































Crowell, Rodney (ロドニー・クロウェル)

50年テキサス州ヒューストン生まれのカントリー・シンガー/ソングライター/ギタリストである。自身23曲がカントリー・チャートに入っている(No.1ヒットが5曲)のに加え、Dirt Bandの「American Dream」を始め沢山のヒット曲を書いている。ニュー・トラディショナル・カントリーのロックンローラー。アメリカン・ミュージック・シーンで40年以上に亘って活躍し続け、元義父であるJOHNNY CASHやNORA JONESにもカヴァーされるグラミー賞受賞シンガー・ソングライターRODNEY CROWELL(ロドニー・クロウェル)。 2015年のEMMYLOU HARRISとのコラボレーション・アルバム『THE TRAVELLING KIND』以来、約2年振りとなるニュー・アルバムが登場です。新作のプロデュースを手掛けるのはRODNEY自身とJORDAN LEHNINGとKIM BUIE。また本作には、SHERYL CROWとのデュエット"I'M TIED TO YA"、そして元妻ROSANNE CASHとJOHN PAUL WHITEとのコラボレーション"IT AIN'T OVER YET"もフィーチャーしています。ちなみに、RODNEYがROSANNEとアルバムで共演したのは、90年発表の『INTERIORS』以来、実に27年振り。さらに"IT AIN'T OVER YET"には、伝説的ハーモニカ奏者、MICKEY RAPHAELもフィーチャーされています。本作はソングライターとしてのRODNEYの力量が全面にみなぎる作品。彼がいかにしてパーソナルな回想と洗練された言葉使い、そして深遠な音楽性を巧みに調和させてきたのか、その過程がここに表れています。新作はまた、コンセプト・アルバムでもあります。収録されている楽曲は、テキサスで過ごした子供時代を描いたものから、若きソングライターとしてナッシュヴィルに到着した頃を歌ったもの、友人やかつての恋人についての曲など、RODNEYの人生をテーマにしたものばかり。ある意味これは、RODNEYにとっての「ルーツ・アルバム」であり、彼自身の音楽性がGUY CLARKやTOWNES VAN ZANDT、STEVE EARLEが活躍していた70年代初期のオルタナティヴ・カントリー・シーンに深く根ざしたものであることを表しています。何事もジャンルに分け、ラベルを張らなければ済まない人たちからすれば、彼の音楽は「カントリーなのか?」「シンガー・ソングライターなのか?」と議論を呼ぶ所だろう。しかしその問いについて、RODNEYは明解な答えを持っている。「私の忠誠心は、アメリカーナとともにある。少なくとも用語としては、なかなか人に理解してもらいづらい分野ではあるがね。だが、そのアメリカーナを代表する人たち―― TOWNES VAN ZANDT、GUY CLARK、LUCINDA WILLIAMS、STEVE EARLEから、最近のスターであるJOHN PAUL WHITEや JASON ISBELL ――には共通点がある。皆を繋ぐ糸は”詩人”なのさ。本物の詩人であろうが、自身の音楽に詩的な要素があるだけだろうが、一般的に言ってアメリカーナのアーティストは、一つのヴィジョンを実現するために、商業的な妥協を避ける傾向がある。そこに俺は共鳴しているんだ」。一人の詩人の軌跡と、その詩人の最新作『CLOSE TIES』に流れるコンセプトには、大切に扱われてきた記憶がある。「数年前、“CHINABERRY SIDEWALKS (2011年に刊行されたRODNEYの回顧録)”を書くきっかけとなったアルバム『THE HOUSTON KID』を制作したんだ」そうRODNEYは語る。「俺の中の記憶細胞は結構しっかりしていて、自然と引っ張り出してくるんだ。そして多くの楽曲は、こうした記憶を素材として使っているんだ」 本作は、アメリカーナ・ミュージックの吟遊詩人、RODNEY・クローウェルが自らの人生を歌にしたアルバムなのだ。ロドニー・クロウェルは1950年8月7日にテキサス州クロスビーの音楽一家に生まれている。祖父は教会の聖歌隊のリーダーを務めながら、ブルーグラス・バンドのバンジョー・プレイヤーでもあり、祖母と父はセミプロとしてバーなどでテキサスならではのホンキー・トンク・ミュージックを演奏していたようだ。11歳の頃、ロドニーは父親のバンドでドラムスの演奏を始め、その後もヒューストンなどで様々なバンドでカントリー・ミュージックを演奏していた。1972年になると、カントリー・ミュージックのメッカであるテネシー州ナッシュヴィルに向かい、ギタリストのジェリー・リードに認められてソングライターとしての職を得ており、ガイ・クラークやタウンズ・ヴァン・ザントといったテキサス出身のシンガー・ソングライターにも大きな影響を受ける。そしてこの頃転機が訪れる。グラム・パーソンズとの活動でも知られるシンガー・ソングライター、エミルー・ハリスがロドニー・クロウェルの曲をいくつか取り上げ、自身の作品に収録、さらにバック・バンドであるホット・バンドにリズム・ギターとして迎え入れた。ロドニー・クロウェルが、エミルー・ハリスのホット・バンドに参加していたのはおよそ3年間。このホット・バンドは多くのミュージシャンが入れ替わり立ち替わりしているため、詳細なメンバー遍歴に関しては省かせて頂くが、ジェイムス・バートン、グレン・ハーディン、ジョン・ウェア、ハンク・デ・ヴィトー、エモリー・ゴーディ、さらにアルバート・リーなどが有名なところだろう。1977年になるとヴィンス・ギルや、プロデューサーとしても知られるトニー・ブラウンを中心に、後にホット・バンドのメンバーも参加するチェリー・ボムズを結成。それから1年後の1978年。ワーナー・ブラザーズと契約して、ブライアン・エイハーンをプロデュースに迎え、ファースト・ソロ・アルバム『エイント・リヴィング・ロング・ライク・ディス』を発売。それからおよそ2年後の1980年に発売されたのが、セカンド・アルバムであり、本CDの前半部(M1-M10)に収められた『But What Will The Neighbors Think(邦題アメリカン・ヒーロー)』であり、翌1981年に発売されたのが本CDの後半部(M11-M20)に収められた、サード・アルバムとなる『Rodney Crowell』である。~解説より。

















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