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TOYOTA MR2

TOYOTA MR2


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トヨタ自動車75年史


1984年(昭和59年)6月8日(金)DEBUT















トヨタ・MR2  初代 AW11型

MR2(エムアールツー)は、トヨタ自動車が、日本国内市場向けに昭和59年(1984年)〜平成11年(1999年)までの期間に製造販売していた4気筒エンジン搭載のミッドシップスポーツカーである。なお、欧州などの日本国外市場においては、MR-S(ZZW30型)が、引き続きMR2の名称を継続して新車販売が行われていた。

日本向けモデルでは、MR2の名称をW10型とW20型迄で、W30は別名称のMR-Sを用いている。日本国外向けモデルでは、W10型~W30型まですべてMR2で統一されている。MR2の名称の由来は、MR(ミッドシップ・ラナバウト=小型ミッドシップカー)2シーターからきている。


初代 AW11型(1984年-1989年)


販売期間 1984年 – 1989年

乗車定員 2人

エンジン 1984年6月-1986年8月

4A-GELU型 1.6L 直4 130PS

3A-LU型 1.5L 直4 83PS

1986年8月-1989年9月

4A-GZE型 1.6L 直4 スーパーチャージャー 145PS

4A-GELU型 1.6L 直4 130PS→120PS

3A-LU型 1.5L 直4 83PS

変速機 4速AT / 5速MT

駆動方式 MR

サスペンション ストラット式

全長 3,950mm

全幅 1,665mm

全高 1,250mm

ホイールベース 2,320mm

車両重量 960-1,120kg

最小回転半径 4.8m




1983年の東京モーターショーで発表された試作車SV-3をもとに、リアスポイラーの形状変更、デジタルメーター、Tバールーフの非装備など若干の仕様変更の後、1984年6月に日本車初のリアミッドシップエンジンレイアウトの乗用車として市販された。製造はセントラル自動車(相模原市の旧工場)。1984年度の日本カーオブザイヤー受賞車である。

安価で量産性を高めるため、足回りとエンジン、トランスミッションは既存の前輪駆動車(E80型カローラ)を流用し生産された。同様な成り立ちのX1/9やアメリカ・ゼネラルモーターズのポンティアック・フィエロを参考にしたとの話や、開発時期が英国ロータスと技術提携していたことから、一部ではロータスが設計した車両をトヨタが再設計してコストダウンしたものとの説もあった(ただしロータスの関与についての確認はヨーロッパでの実走テストにテストドライバーが参加したことのみ)。

1986年にはビッグマイナーチェンジを行い、内外装がブラッシュアップされ、スーパーチャージャーやTバールーフの装備車が設定された(通称後期型)。

1988年の一部改良で電動格納ドアミラーの設定、内装生地の変更、ハイマウントストップランプの設定が行われ、SW20型に入れ替わる形で生産を終了した(通称最終型)。AW型おいては全グレードに於いてパワーステアリングの設定は一切なかった。

生産終了から20年ほどまでは中古車市場で取引されることも多く、維持管理部品のメーカー供給も(加工・流用で対応できる部品を除いて)ほぼ問題なく行われていたが、20年を超えるころから内外装関連で廃番部品が多くなり、部品取り車、リサイクルパーツが高騰しつつある。

なお、AW1#系で採用されたエンブレムは七宝焼きで、AWの文字を模した鳥(猛禽類)が描かれているが、補給部品は2010年にプラスチックベースのものに変更された。



グレード構成

S

G

G-Limited


前・後期型ともSは3A-LU型1500ccエンジン(日本国内仕様のみ)、GとG-Limitedは4A-GELU型1600ccエンジンをそれぞれ搭載。運輸省認定型式は1500ccエンジン車がE-AW10型、1600ccエンジン車はE-AW11型。 前期型のG、G-Limitedはムーンルーフ装着車、後期型のGおよびG-Limitedには、Tバールーフ装着車及びスーパーチャージャー装着車(4A-GZE型1600ccエンジン搭載)を設定。



マイナーチェンジによる差異

前期型初期仕様のバンパー・スポイラーはブラックアウトされている。(1985年の一部改良でボディ同色となる)
前期型は全車とも車両重量が1,000kg以下であり自動車重量税が安い(後期型の重量増は主に側面衝突対応のため)。

前期型のカーオーディオの取付スペースは1DINのみで、空調のコントロールパネルが後期型と異なる。
前期型のセンターコンソール、シフトレバー周辺、灰皿位置やスイッチなど、内装の意匠が後期型と大きく異なる。

後期型では前期型のムーンルーフに代わってTバールーフが設定され、Tバールーフ車のラジオアンテナはリアトランク脇にオートアンテナが装備された。

最終型では一部の仕様に電動格納ドアミラー、ぼかし入りブロンズガラス、トランクスポイラー内蔵LEDストップランプの設定が行われ、内装生地の変更が行われた。



1984年-1985年日本カー・オブ・ザ・イヤー受賞

限定(特別仕様)車として、1985年にG-Limitedをベースに「ホワイトランナー(WHITE LANNER)」、「1600Gスポーツパッケージ(前期のみ)」、1986年にGスポーツパッケージをベースに「ブラックリミテッド」(前期ベース)が設定された。なお、「ホワイトランナー」は300台の限定生産とされている。「1600Gスポーツパッケージ」(「ブラックリミテッド」を含む)にはリアスタビライザーが装備されている。(形状、線径が後の「ADパッケージ」仕様車に取り付けられているものとは異なる。)

後期モデルのスーパーチャージャー車には、スプリング・ショックアブソーバーでサスペンション特性を変更し、リアスタビライザー、回転方向指定タイヤのブリヂストンPOTENZA RE71などの装備を加えた「ADパッケージ仕様車」が設定されていた。なお後期モデルでは「ADパッケージ仕様車」以外のモデルにはリアスタビライザーの設定がない(メーカーの部品在庫もなし)。



熊倉重春

熊倉 重春(くまくら・しげはる 67歳 )は、日本の自動車評論家、モータースポーツ解説者。1989年から1995年まで、自動車雑誌『カーグラフィック(CG)』(二玄社)編集長。

専修大学卒業。1969年から自動車雑誌「カーグラフィック」編集部に在籍する。1988年から同誌編集長を務めた後、1995年に独立してフリーランスの自動車評論家となった。

1970年に二玄社に入社、スポーツエディターとしてモータースポーツの取材の中心に活動を行う。1989年から1995年にかけて、CGの二代目編集長をつとめた。現在も『Web CG』などでの執筆を行っている。自動車一般の評論に関しては、日本の他の多くの評論家にみられるような、欧州車(特にドイツ車)偏重、あるいは国産車偏重な立場は取らず、比較的中立な評論を行っている。


こちら西荻窪駅前熊倉ジドウシャ研究所

元カーグラフィック誌編集長でありWOWOWのF1解説でもお馴染みの「熊サン」こと熊倉重春が贈る、現在過去未来をぶった切るジドウシャ学。西荻窪駅前から発進!!


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