デニーズ

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デニーズ1号店、2017年3月20日閉店  4世代で通う客「寂しい」

1974年4月27日 オープン横浜港南区のデニーズ上大岡店(かみおおおかてん) ファミレスの先駆け



日本の外食文化の先駆けとなったファミリーレストラン・デニーズの1号店「デニーズ上大岡店」(横浜市港南区)が2017年3月20日、閉店する。1974年4月27日のオープン当時は、扉を開ければ席まで案内してくれるウエートレスに、オープンキッチンやカウンター席といったアメリカンスタイルが目新しく、話題を呼んだ。店には連日、常連客や関係者が訪れ、別れを惜しんでいる。「あの時のおばあちゃんが、今では自分」。2017年3月16日朝、豊島美知子さん(67)は、テーブルを囲む息子夫婦と孫娘の姿に目を細めた。オープンのころから、両親や夫、まだ小さかった息子の直(なおき)さん(35)と3世代でよく店に訪れた。その直さんが今、4代目となる孫も連れてくる。「今も昔も思い出の場所。なくなるのは寂しい」と惜しんだ。デニーズは米全土に展開する大手レストランチェーンとして日本に来た。上大岡店はショッピングセンター「イトーヨーカドー上大岡店」内に開店。県道そばで、屋上に駐車場を備える店舗は、車社会が浸透する中で、家族連れが気軽に入れるレストランの出発点として期待された。「アメリカのデニーズをそのままに」をコンセプトに、オープンキッチンや赤じゅうたん、テラスやソファ席と内装にこだわった。さまざまな外食文化も日本にもたらした。玄関口で客を出迎え、席まで案内するデニーズレディー、おかわり自由のコーヒー、10種21通りに注文できる卵料理や好みの焼き方が選べる肉料理。デニーズ勤務37年の山口隆雄店長(59)は「じゅうたんを見て、入り口でぞうりを脱いでしまうおばあちゃんや、コーヒーのおかわりを阻止しようとカップを手で隠す方もいたらしいです」とほほ笑む。店にはかつての従業員も大勢訪れる。「最先端だったけれど、研修では『雰囲気を大切にしましょう』と習ったんだよ」。約40年前に1号店で研修を受けた相模原市の横尾俊行さん(69)は「外食だけど、ホームパーティーのような、家族が家でくつろぐあたたかな食卓を再現しようとした」と振り返る。暗記した接客や心得などの「デニーズテスト」を仲間と出し合い、思い出話に花を咲かせた。デニーズを運営するセブン&アイ・フードシステムズの元社長、塙昭彦さん(75)も来店。「ここはデニーズ発祥の地。木材もアメリカから持ってきた」と懐かしんだ。山口店長は「常連さんから『家族でいつも来ていたのよ』などと声をかけられると、うれしさと寂しさで涙がこぼれそうになる」と話す。17年勤めた従業員の及川真由美さん(49)も「今も町内会や婦人会の憩いの場。なくなってしまうのはショックすぎて言葉にならない」という。新しい「接客」へ 別れの時は近づきつつある。山口店長は「昔は接客重視でお客さんからチップをもらうこともあった。今はスマートフォンを見つめ、接客を拒む人も増えた。これからは新しいスタイルが必要なのかもしれない」と話した。

デニーズ(Denny's)は、セブン&アイ・ホールディングス傘下のセブン&アイ・フードシステムズが日本国内で運営するファミリーレストランチェーンである。名称は、かつての提携先であるアメリカ合衆国の大手レストランチェーン、デニーズに由来している。但し、現在は同社との契約関係は解消されており、ブランド名だけを譲り受けた日本独自のチェーンとなっている。2014年現在関東地方及び中部地方を中心に展開しているが、北海道、東北地方(福島県と宮城県[を除く)、新潟県、北陸地方、関西地方(大阪府と兵庫県を除く)、中国地方、四国地方、九州地方、沖縄県には全く展開しておらず、イトーヨーカ堂と同様に展開地域に非常に偏りが見られる。1973年、株式会社イトーヨーカ堂がアメリカ合衆国のレストラン大手デニーズ社と技術援助契約を結び、株式会社デニーズジャパンを設立した。1974年、デニーズジャパンは初の店舗を神奈川県横浜市のイトーヨーカドー上大岡店1階に、ビルイン型店舗としてオープンさせた。アメリカのデニーズ社から料理全般のレシピ、調理器具類をそのまま日本に持ち込み、クラブハウスサンドイッチ、オムレツ、チリ、フレンチトーストなどの洋風メニューや、ステーキ、ハンバーガーなどの本格的なアメリカンメニューも手軽に利用できる店をつくり上げた。その後は競合他社と同様、郊外型ロードサイド店舗を中心に出店を続け、1980年代のファミリーレストラン黄金期には年間20店舗前後の新店舗をオープンさせた。創業から1980年代中頃にかけては、デニーズジャパン店舗のメニューも、アメリカのデニーズと似通ったものであった。これはアメリカのデニーズ社と結んでいた契約上、独自のアレンジを加えることが難しくなっていたためである。1984年、アメリカのデニーズ社から商標権を買い取ったことにより、デニーズジャパンは日本国内においてデニーズの商標を自由に使えることとなった。以後、同社の店舗では独自開発したメニューが中心となってゆき、現在では本家アメリカと共通するメニューは一切残されていない。特に1994年のファミール吸収以降は麺類、丼物、和風膳などの和食部門が充実し、日本人向けにアレンジした洋風料理と共にメニューの中核を形成している。バブル景気崩壊後の1994年、イトーヨーカ堂の完全子会社である株式会社ファミールから郊外型のレストラン店舗を譲受し、デニーズ店舗への改装を施した。イトーヨーカ堂グループにおいて、ロードサイド型レストランの運営はデニーズジャパンに集約され、ファミールはイトーヨーカドー店舗内のレストランや社員食堂などのコントラクトフード事業に特化した。2005年9月1日、デニーズジャパンはイトーヨーカ堂、セブン-イレブン・ジャパンと共同で、株式移転により持株会社株式会社セブン&アイ・ホールディングスを設立し、その完全子会社となった。2007年1月10日、セブン&アイ・ホールディングスが株式会社セブン&アイ・フードシステムズを設立し、同年3月1日にはデニーズジャパン。ファミール。ヨーク物産株式会社(イトーヨーカドー店内でファストフード店「ポッポ」を運営)の3社が、新会社の完全子会社となった。2007年9月1日、セブン&アイ・フードシステムズがデニーズジャパンを吸収合併した。これにより、デニーズはセブン&アイ・フードシステムズの店舗ブランドの一つとなった。なお、セブン&アイグループの3年間の中期経営計画により、2008年度以降3年間で不採算の130店舗程度(全店舗の約2割)を閉鎖することが明らかになった。一部の閉鎖店跡にはセブン-イレブンへの転換も検討する[5]としていたが、実際にはかなり少数に留まり、代わってユナイテッド&コレクティブやブロンコビリーなど新興勢がレストランを居抜き出店する形態が見られている。他社のファミレスに先駆けてオープンした1号店である上大岡店も2017年3月20日に閉店した。2009年9月28日、神奈川県逗子市内で28年間営業してきた「デニーズ逗子店」が地主との契約満了に伴い閉店。同店は1981年7月にオープン。海岸沿いに立つ立地条件を生かした景観の良さと広い駐車スペースが売りで、地元の住民らからは「逗デニ」や「逗子デニ」の愛称で長年親しまれてきた。この逗子店の場合、赤字経営による閉店ではなく、別に理由があるとされている。跡地には同年12月、コロワイドが運営する軽食喫茶「なぎさ橋珈琲」がほぼ居抜き出店のかたちでオープンした。


















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