シュレルズ

シュレルズ

















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THE SHIRELLES - SOLDIER BOY 1962





































THE SHIRELLES - ザ・シュレルズ

シュレルズ (The Shirells)は、1960年代前半のアメリカのガールズ・グループ。日本では圧倒的にスプリームス(The Supremes)の人気が高く、黒人系ガールグループの代表的な存在だった。それはダイアナ・ロス(Diana Ross)の人気であり、歌唱力がずば抜けて素晴らしかったからだろう。しかし本国アメリカでの人気は、もしかしたらシュレルズ(The Shirelles)の方が勝っていたのではないだろうか。ヒット曲の多さではスプリームスの方に軍配が上がるが、ヒットを放った時期が 2~3年早く、全米で初めて成功した黒人系ガールグループとしてのインパクトは大きかったはずだ。それに、歌の巧さはそれほどではなかったけれど、優しく温か味のある歌声には定評があった。さて、シュレルズについて書く前に、1960年代前半の、アメリカ本国で一大ブームとなったガールグループ旋風について触れておこう。もともと黒人系ドゥーワップ(Doo Wop)グループは圧倒的に男性が多く、1950年代の女性グループには The Delltones、The Queens、The Dreamers、The Joytones、The Hearts、The Cookies、The Queentones、The Chantels、The Bobbettes、The Clickettes、The Deltairsなど思いつく限り挙げてみてもこの程度しかいない(いや、探してみれば、まだまだいるのだろうけれど)。ところが、50年代末から60年代初めにかけて、ドゥーワップ・ブームが下降線を辿る頃になると、黒人系のガールグループが台頭しはじめた。それは、ちょうど公民権運動の隆盛の時期と一致し、女権拡大の機運が起こった頃だった。黒人女性グループの台頭は、50年代から活躍している上記先発組とともに、50年代末から60年代初めにかけて結成された本命組が合流し、ガール・グループの黄金時代を築くに至った。本命組とは、冒頭のスプリームス(59年結成)をはじめ、今回記事の主役であるシュレルズ(57年結成)、1961年に結成されたマーヴェレッツ(The Marvelettes)、ロネッツ(The Ronettes)、クリスタルズ(The Crystals)、オーロンズ(The Orlons)、62年結成のシフォンズ(The Chiffons)らがおり、さらに The Ikettes、The Royalettes、The Dixie Cups、The Toys、The Jelly Beansらの後発組が続き、1960年代前半のアメリカン・ポップ・シーンを華やかに彩った。しかし、1960年代前半、ビートルズ(The Beatles)やローリングストーンズ(The Rolling Stones)の登場は、60年代中期以降のアメリカン・ヒットソングの潮流を大きく変えていくことになった。同時に、黒人系ガールグループもリズム・アンド・ブルース(Rhythm & Blues)~ポップス(Pops)からソウル・ミュージック(Soul Music)~ディスコ(Disco Music)へと次第に変化していった。シュレルズ(The Shirelles)は、1957年ニュージャージー州パサイック(Passaic)で結成された。高校の級友ばかりで、1968年以降に4人から3人に変わった以外メンバーはずっと同じだった。これは長命グループとしては珍しい。メンバーの名前を記しておくと、ほとんどの曲でリードをとったのが Shirley Owens(Shirley Alston-Reeves)(1941/6/10~)で、他に Doris Coley Kenner(1941/8/2~2000/2/4)、Beverley Lee(1941/8/3~)、Addie“Micki”Harris(1940/1/22~1982/1/10)がいた。すでに2人亡くなっている。当初、The Poquellosと名乗っていたが、その後 The Honeytunesに変え、級友の母親が経営する Tiara Recordsに吹き込んだ。その級友の母親とは Florence Greenbergで、後に Scepter Recordsを設立することになる。Tiaraで“I Met Him On A Sunday / I Want You To Be My Boyfriend”を吹き込んだ頃には Shirleyの名前に由来するグループ名、The Shirellesに変えていた。“I Met Him On A Sunday / I Want You To Be My Boyfriend”の版権を Decca Recordsに譲渡することにより、シュレルズは全国的にデビューを果たすことになったのである。“I Met Him On A Sunday”は1958年4月にビルボード・ヒットチャート49位を記録した。上々のスタートを切った彼女らであるが、その後ヒットを得られず、Deccaとの契約は打ち切られ、Scepter Recordsに移籍することとなった。Scepterでは、プロデューサー兼ソングライターの Luther Dixonと組みヒット曲を量産、快進撃を続けた。Scepterを離れる1966年までに、全米ヒットチャート20位以内のヒットを 7曲放ったことになり、とくに “Will You Still Love Me Tomorrow”が全米第1位に輝いたことは、黒人系ガールグループでは初の快挙となった。この曲は Gerry Goffinと Carole Kingの作品として有名。その7曲を記しておくと、“Dedicated To The One I Love(愛する貴方に)”全米ヒットチャート 83位(59/7)3位(61/1)“Will You Still Love Me Tomorrow”全米ヒットチャート 1位(60/11)“Mama Said(ママのご意見)”全米ヒットチャート 4位(61/4)“Baby,It's You”全米ヒットチャート 8位(61/12)“Soldier Boy”全米ヒットチャート 1位(62/3)“Everybody Loves A Lover”全米ヒットチャート 19位(62/12)“Foolish Little Girl(お馬鹿な可愛子ちゃん)”全米ヒットチャート 4位(63/3)といった具合である。シュレルズのヒット曲のほとんどは Scepterで放ったもので、26曲が100位以内にチャートインした。たぶん黒人系ガールグループではスプリームスに次ぐヒットメーカーと思われる。そして、この間に、多くのレコーディング・セッションや、有名アーティストとともにコンサート・ツアーに参加し、また、テレビや映画などでも活躍した。シュレルズは、たぶん70年代中頃くらいまで音楽活動を続けていたと思われる。もしかしたらリバイバル・ショーに今だ出演しているかもしれない。しかし、60年代中頃以降のシュレルズはかっての勢いを失っていた。ただ、ひとつだけ特筆すべきことは、長年の音楽活動の功績を認められて、1996年にロックの殿堂入りを果たしたことである。

1958年に米国ニュージャージーで結成された黒人女性コーラスグループ。メンバーは、シャーリー・オーエンス、ビバリー・リー、ドリス・ケナー、エディ・ミッキ・ハリスの4人。ハイスクールの同級生4人組によって結成されたシュレルズは、当初ポケロスと名乗るアマチュアのコーラスグループだったが、クラスメートの一人がその母親へ4人を紹介したことによってレコード・デビューへの道が開かれていく。クラスメートの母親とは、小規模ながら独立系のレコード・パブリッシング・カンパニー、タイアラ・レーベルを経営するフローレンス・グリーンバーグであった。グループ名をザ・シュレルズと改めた4人は、彼女の薦めにより同レーベルと契約し、デビューシングルの "I Met Him On A Sunday" をリリースする。デビュー曲はマイナーヒットにとどまったものの、この曲のリリースをきっかけにフローレンス・グリーンバーグはセプター・レーベルを立ち上げる。そして、このレーベルから1960年にリリースされた "Will You Love Me Tomorrow" が、女性コーラス・グループとしては史上初の全米チャート第1位 に輝く成功をもたらし、シュレルズの最大のヒット・ナンバーとなった。 "Will You Love Me Tomorrow" は、デビュー当時のビートルズがソングライター・チームとしての目標に掲げたジェリー・ゴフィン&キャロル・キングのコンビによる作品である。作曲者のキャロル・キングが自身のアルバム「つづれおり ("Tapestry")」(1971年リリース) の中でセルフ・カバーしているほか、ベン・E・キングや元トラフィックのデイブ・メイソンなど数多くのミュージシャンによるカバー・バージョンを生んだソウル、ロックナンバーの名曲として名高い。 その後もシュレルズは、主にブリル・ビルディング* のソングライター・チームから楽曲の提供を受けながら、"Boys" (1960年)、"Mama Said" (1961年)、"Baby It's You" (1962年) といったヒット曲を生み出していく。ゴスペルやR&Bをそのルーツに持つシュレルズ・サウンドの影響は、米国のみならず英国のボーカルグループに対しても顕著となり、ビートルズがそのデビューアルバムに前記の "Boys" と "Baby It's You" の2曲を収録しているほか、マンフレッド・マンによる "Sha La La" のカバー・バージョンがイギリスでヒットしている。(ブリル・ビルディングとは、アル・ネビンズと、コニー・フランシスのマネージャーとしても知られるドン・カーシュナーの二人によって1958年に創立されたアルドン・ミュージックが入居していたビルの名前である。ゴフィン&キングのほか、"Baby It's You" の作者の一人であるバート・バカラック、ニール・セダカなど、アルドン・ミュージックと専属契約していたソング・ライター達が作り出す60年代前半の人気ポップ・ソングの総称として「ブリル・ビルディング・サウンド」あるいは「ブリル・ビルディング・ポップ」という表現が用いられた)シュレルズの全盛期は明らかに1960年代の前半であり、とりわけ70年代以降においては目立った活躍を続けてきたとは言い難い。しかしながら、シュレルズの作り上げたボーカルやサウンドのスタイルが、後発の女性コーラス・グループに与えた影響は軽視できるものではなく、シュレルズは、1996年にロックの殿堂入り (the Rock And Roll Hall Of Fame) を果たしている。

1958年、アメリカ・ニュージャージー州のパサイックで結成。 メンバーはShirley Owens Alston(1941年生)・Doris Coley Kenner(1941年生)・Beverley Lee(1941年生)・Addie Mickey Harris(1940年生)。 58年2月7日に”I met him on a sunday”、”I want you to be my boyfriend”をレコーディング。 グループ名を The Shirellesとし、3月にシングルデビュー。 4月21日にこの曲がビルボードチャートで第49位にはいる。 その後多くのシングルでチャートを駆け上がり、60年の夏、”Tomorrow”(後に”Will you love me tomorrow”と改題)をレコーディング、60年の秋にリリースされ11月21日から2週にわたりチャートでナンバーワンを記録、彼女たちの代表曲となる。
















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