永遠の夢に向かって水曜の朝、午前3時

 

水曜の朝、午前3時

水曜の朝、午前3時

















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The Sound of Silence - Simon & Garfunkel





































『水曜の朝、午前3時』(Wednesday Morning, 3 A.M.)はサイモン&ガーファンクルのデビューアルバム。1963年、コロムビア・レコードのプロデューサーのトム・ウィルソンが「私の兄弟」を聴いたのがきっかけで、サイモン&ガーファンクルはコロムビアとの契約を得て、本作で再デビューを果たした(ポール・サイモンとアート・ガーファンクルは、1957年にトム&ジェリー名義でレコード・デビューしている)。なお、「私の兄弟」の作詞・作曲者としてクレジットされているポール・ケインは、ポール・サイモンが無名時代に使っていた偽名。発売当時は話題にならず、チャート・インすらしなかったが、「サウンド・オブ・サイレンス」のシングル・ヴァージョンが大ヒットすると本作も再評価され、1966年には全米30位に達した。また、イギリスではリリースから4年後の1968年になって全英アルバムチャートに初登場し、同年には最高24位に達した。

「サウンド・オブ・サイレンス」(The Sound of Silence)は1965年に発売されたサイモン&ガーファンクル(Simon & Garfunkel)のシングルである。ビルボード(Billboard)誌では、1966年1月1日に週間ランキング第1位を獲得。ビルボード誌1966年年間ランキングは第25位。アメリカ映画『卒業』の挿入曲として知られる。元々は1964年のサイモン&ガーファンクルのデビュー・アルバム『水曜の朝、午前3時』に収録されていた一曲で、伴奏はアコースティック・ギターのみだった。1965年8月に発売されたポール・サイモンのソロ・アルバム『ポール・サイモン・ソングブック』に収録された。その間の同年6月15日、同アルバムを手掛けたコロムビア・レコードのプロデューサー、トム・ウィルソンが、その時に着手していたボブ・ディランの「ライク・ア・ローリング・ストーン」のレコーディングのために集合していたミュージシャンを使い、エレクトリック・セクションを録音。サイモンとガーファンクルに何の断りも無く新たにオーヴァーダブを施した上でこの曲をシングルとして発売し、翌年初頭に全米ヒットチャートの1位に輝いた。その後、一度はビートルズ「恋を抱きしめよう」に首位を奪われるが、3週間後には再び1位に達した。本作の成功を受けて、ポール・サイモンは滞在先のロンドンからアメリカに戻り、サイモン&ガーファンクルとしての活動を再開させて、本シングル・ヴァージョンを含むアルバム『サウンド・オブ・サイレンス』(1966年)を発表。その後、映画『卒業』のサウンドトラック・アルバム『卒業-オリジナル・サウンドトラック』(1968年)にも再収録された。日本では、1966年6月15日に日本コロムビア(CBSレーベル)から発売されたのが最初。「孤独な世界」という日本語タイトルも検討され、『ミュージック・ライフ』誌の1966年3月号でも同タイトルで紹介されたが、最終的に原題の片仮名表記で発売された。『卒業』公開に際し、1968年6月に日本コロムビアから再発売されたが、B面は、当時本国アメリカでシングル・ヒットしていた「ミセス・ロビンソン」に差し替えられた。しかし再発売から2か月後の同年8月21日にサイモン&ガーファンクルの作品の日本での発売権が新しく設立されたCBS・ソニーレコード(現:ソニー・ミュージックレーベルズ)に移り、同社の第1回新譜(レコード番号SONG 80002。ちなみにSONG 80001はアンディ・ウィリアムスの『スカボロー・フェア』である)として再々発売された。オリコン・シングルチャートでは1位~10位のすべてにランクされるという記録を達成した。














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