永遠の夢に向かって『マイケル・ムーアの世界侵略のススメ』

 

『マイケル・ムーアの世界侵略のススメ』

『マイケル・ムーアの世界侵略のススメ』

















FGHGTHGHFGHFFFFF.png

















映画『マイケル・ムーアの世界侵略のススメ』公式サイト






































































人間を幸せにしないアメリカというシステム。~『マイケル・ムーアの世界侵略のススメ』を観て~

先日、近藤春菜が似ていると言うマイケル・ムーア監督の新作を試写会で見て来た。予想を超える出来で少々驚いた。 ムーア監督のドキュメンタリーを初めて観たのは米アカデミー賞最優秀長編ドキュメンタリー賞を受賞した「ボウリング・フォー・コロンバイン」(1999年)が初めてだった。コロラド州のコロンバイン高校で2人の高校生による死者13名、重軽傷者24名という爆弾も使用した銃乱射虐殺事件が起こる。わずか45分の惨劇。2人の犯人は直後に自殺する。遠い日本でも、大きく報道され「銃社会」の恐ろしさに日本中騒然となった。 ムーア監督は世界のドキュメンタリー界ではアポなし取材の元祖と呼ばれており、この映画でも世界最大のスーパーマーケットチェーン『Kマート』本社を被害者とともに訪れ、当時高校生でも銃器や弾丸を簡単に買う事ができた状況を告発。また、過激描写満載アニメ『サウスパーク』の制作者にも突撃取材を敢行する。そして、最後は銃規制論者最大の敵でアメリカ社会で強大な力を持つ全米ライフル協会会長・俳優のチャールトン・ヘストン宅に入り込み、巧みな世間話で油断したヘストンを序々に追い詰めて行き、最後にはヘストンを激怒させる。 不謹慎かもしれないが「コロンバイン高校事件」という壮絶な事件と、ムーア監督の銃社会への怒りを感じつつ、このドキュメンタリーの突撃取材という手法や「アメリカが銃社会になるまでの経緯解説アニメ」等を見て「この監督ただものじゃない。見せ方が独自でしっかり考えてある。しかもある種、興行的センスもある。」と当時唸ってしまったのである。どうしても、こういった「○○反対」的な主義・主張を持つドキュメンタリーは教条主義的・感情的・押し付け気味になったりする傾向があるが、「まず、見せ方を考え、話題を呼び、観客に見て貰い、その後観客に意識を変えてもらうのが大事。」と言うのを知らしめたのは凄い事だと思った。 これは映画評論家の町山智浩氏から聞いたのだが、この映画わずか400万ドルの予算から世界興行で5800万ドルもの収入を得たことから、アメリカではムーア監督後、「ドキュメンタリー映画バブル」が起きた。だが、有象無象の“ドキュメンタリー作家”が一攫千金で制作した玉石混合の作品が劇場に溢れ、やがて観客は離れバブルは崩壊し、今は本当に腕のある制作者しか生き残っていないと言う。 ムーア監督はその後「華氏911」(2004年)でイラク戦争に躍起になる当時ブッシュ元大統領を叩き、「シッコ」(2007年)で悪名高いアメリカの医療保険制度を叩く。2008年にはサブプライムローンからリーマンショックを経て世界同時不況に至る「キャピタリズム~マネーは踊る~」でそれでも公的資金を導入させ高額の給与を貰い続けるウォール街や大企業の大立者に突撃取材をする。 …しかし、正直、この頃のムーア監督はアメリカ合衆国という怪物が生み出した病巣に噛みつくだけで、少々私には単調に見えたのである。監督の「義憤」「激情」が先走りし、「ボウリング・フォー・コロンバイン」の様な構想と奥行きと広さと見せるアイデアに少々欠けていた様に思う。 そして、久々の2015年アメリカで上映されたのが、今回の『世界侵略のススメ』である。ムーア監督はアメリカを離れ、欧州各国、中東、アイスランドに飛ぶ。目的は「国民が幸せになる方法・システムを見つけること。」である。イタリアの労働環境、フランスの子供への食の教育、フィンランドの放任教育制度、スロベニアの大学補助制度、ドイツの労働者達、ノルウェーの刑務所、チェニジアの女性進出、アイスランドの男女平等をアメリカの現状と比較しながら丹念に描いて行く。それぞれの国の制度に思想と哲学がある。次々と出てくる人達の表情と顔がいい。また、取材された事実に驚嘆するばかりだが、ここにはムーア監督お得意の“アポなし取材”が無いのだ。これらの国々の独自なシステムを描く事が「アメリカ合衆国」政府・社会・制度への痛烈な批判になっているのだ。 「皆で幸せに暮らそう。」と社会制度は作られているはずなのに「何かがおかしいぞ。」と例によって監督の多少の決めつけや強引な誘導もあるものの、冷静に「富の偏在化」「大量生産・大量消費」「全てに効率化する社会」「人間性を無視した世界」「金融関係者だけに操られる世界」「経営者と従業員の関係性」「男性優位の社会」「新しいモノが最高であると思い込む社会」「既成の教育制度の根本的な誤り」が自然に描かれてゆく仕組み。 この映画の内容だけ聞くと作り方によっては日本のテレビのスペシャル番組等によくある「世界ビックリ・ルール!行ってみたら驚いた。」と言う風に陳腐化されてしまう可能性があるが、狂言回しのムーア監督と構成力が見事なので、「極上のアメリカ批判・現代先進国批判」になっているのである。私は恥ずかしながら観賞しながら「ちょっとした制度や仕組みやシステムの違いだけで簡単に人間は悲惨な目に合ったり、幸福になれたりするんだ。」と思い何か胸に熱く迫るものがあった。しかも、ムーア監督は笑いのセンスもあり時々大人の知的な笑いでくすぐってくれる。 明治維新前後、多くの日本人留学生が欧米に旅立ち、かの地のシステム・制度を導入して来た。しかし、どれを導入し、どれを導入しないかを見極めないと大変な事になるのはご存じの通りである。そこにはある種、「賢人の判断」が必要である。そして、敗戦後、日本はアメリカを手本としさらに様々なものを導入した。あるいは導入させられた。エンターテイメントからオートメーションそして社会制度に至るまで。そして大量生産大量消費、新自由主義、市場原理主義、成果主義、グローバリズム・・・私は専門家ではないので、おそらくもっと有ると思う。またリーマンショックのあたりまで、MBA(経営学修士)をアメリカで取った人達が日本の会社や官僚組織の中でかなりの権限を持っていた時もある。そして、ふとムーア監督の取材した国々の人達の表情と今の日本人の表情を大雑把に比較しながらこんなことも考えてしまう。「日本人はみな本当に幸福なのだろうか?」司馬遼太郎さんではないが「坂の上まで必死に登ってみたら厄介なことになっていないか?」等と考え込んでしまうのである。 もちろん、アメリカは独特の魅力を持った国である。アポロ11号は月面着陸をし、コンピューター科学を発展させ、先進科学の発信地で、実力主義で、卓越した腕を持つ映像・音楽関係者を生みだした。まさに「億万長者と貧困層」「ベスト&ワースト」「勝者と敗者」の差が激しく、しかも共存するのがアメリカの魅力であり厄介なところでもある。 この映画の絶妙なオチには触れないが、後半かつて男性銀行家達に国の経済を無茶苦茶にされ、危機から立ち直ったアイスランドのある上品な夫人にムーア監督が聞く。 「あなたは、アメリカ人になりたくありませんか?」夫人はインタビューアーのムーア監督の目をしばらくじっと見てやがて答える。「私は絶対にアメリカ人になりたくありません。たとえ富を得たとしても。」あの夫人の断固とした目が忘れられない。 そう、「文系学部を無くせ」等と言うのがいかに効率優先の暴論であることを実感する。「考え方・制度・仕組みによっては、人間はもっと幸せになれるのである。」…ムーア監督の新作はそんなシンプルな事をそっと教えてくれるのである。

『BLOGOS』より












STAR




Guide
  •  …この記事と同じカテゴリの前後記事へのページナビ
  • nbsp;…この記事の前後に投稿された記事へのページナビ
         
Honda MOTO  ←Honda MOTO 【2016年12月】の更新記事一覧 →Pills  Pills
 

~ Comment ~

  ※コメントの編集用
  シークレットコメントにする (管理者のみ表示)

~ Trackback ~

卜ラックバックURL


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

MENU anime_down3.gif