Baby Jump

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Mungo Jerry - Baby Jump


































1970年に米シングル・チャートで最高位3位を記録、全英シングル・チャートでは Christie の「Yellow River」を押し退けて1位を記録、エルヴィス・プレスリーの「The Wonder Of You」に1位を獲得されるまで7週連続で1位を獲得した、マンゴ・ジェリーの出世作「In The Summer Time」。マンゴ・ジェリーは1969年頃にリード・ヴォーカル/ギタリストのレイ・ドーセット(1946年生まれ)を中心にロンドンで結成された、ロックン・ロールやブルース、そしてスキッフル(いわゆるフォーク・ブルースやジャグ・バンドの事)などに影響を受けたバンドで「In The Summer Time」以外にも「Baby Jump」「You Don't Have to Be in the Army To Fight In The War」などのヒット・シングルを1970年代に発表しました。1970年代前半はブリティッシュ・ロック印の優良レーベル、パイ傘下のドーンに在籍、その後1975年にはポリドールに移籍しますが、かつてのようなヒット・シングルを発表する事は出来なかったようです。結成当初からメンバーの離脱などが頻繁に行なわれていたマンゴ・ジェリーは、1970年代後半以降はバンド名を若干替えながら活動を続行していたようです。バンドの中心人物レイ・ドーセットは1946年生まれだから今年既に57歳になりますが、驚くべき事に現在でもマンゴ・ジェリー・ブルースバンド(Mungo Jerry Bluesband)の名前でギグを中心とした音楽活動を展開しているそうです。今でも元気に「Lady Rose」や「In The Summer Time」などの懐かしいナンバーを歌っているようですね。マンゴ・ジェリーはそれまでカントリー・ジャグ・バンド・スタイルのサウンドにブルースやロックンロールなどのサウンドの要素を組み合わせた、Good Earth というバンドを結成して音楽活動を展開していたレイ・ドーシットやコリン・アールが、よりロック色の強いサウンドを追求するためにポール・キングやマイク・コールらを加えて新たに結成したバンド。1950年代のイギリス国内でブームを巻き越したスキッフル・サウンド、そのスキッフルに強く影響を与えたジャグ・バンドとは、戦前のアメリカで流行したジャンルの一つで初期のアコースティック・ブルースや、ジャズ、カントリーなどに影響を受けた貧しい人達が高価な楽器の代わりに身近な瓶や洗濯板、モップなどに粗末な加工を施して楽器の代わりとし、生ギターやバンジョー、アコーディオン、ハーモニカなどの楽器を加えてバンド編成として音楽を演奏したのが始まりとされております。1960年代に入ると、ジャグ・バンド・スタイルのサウンドは米国におけるフォーク・リヴァイブル・ブームのお陰で最注目、ジム・クウェスキン・ジャグ・バンド(Jim Kweskin Jug Band)やイーヴン・ダズン・ジャグ・バンド(Even Dozen Jug Band)などのバンドが登場、また、”グッド・タイム・ミュージック”と呼ばれたラヴィン・スプーンフルがジャグ・バンドを始めとするアメリカの古き良きルーツ・サウンドを(当時の)最新のサウンドに取り込んで注目を浴びる事になったのです。マンゴ・ジェリーはラヴィン・スプーンフルもウッドストックも過ぎ去ってしまった1970年にイギリスでレコード・デビューを飾ったバンド。アメリカ育ちの大衆音楽、ジャグ・バンドにブルース・ロックやブギ・ロック、ハード・ロック、スワンプ・ロックなどの要素を取り込んだ彼らの音楽は1970年代前半にイギリスを中心として人気を獲得するも、1970年代における多種多様な音楽ジャンルの台頭の前に瞬く間に後光を失い、人気を失ったのでありました。当時のマンゴ・ジェリーをリアル・タイムで知っている人間ではなく、マンゴ・ジェリーというバンドを知ったキッカケも「In The Summer Time」という特大シングル・ヒットのお陰。故に、取り上げるアルバムは同シングルが収録された「Electronically Tested」。デビュー直後に発表された、この特大ヒット・シングルは1970年に発表された彼らのデビュー・アルバム「Mungo Jerry」には何故か収録されず、かわりに翌1971年に発表された2作目のアルバムで収録されました。収録は全部で9曲、内8曲がバンドの中心人物レイ・ドーセット単独のペンによるもので、残り1曲がアニマルズも取り上げたウィリー・ディクソンのカバー。デビュー作に参加していたベース奏者のマイク・コールが脱退して、このアルバムではジョン・ゴドフリーがベースを担当。プロデュースはコーマスの「First Utterance」をプロデュースした Barry Murray。両者のアルバムを聞き比べると、とても同じ人物がプロデュースしたとは到底思えませんが、それはそれ、アーティストの意向を最大限に考慮するタイプのプロデューサーだったのでしょう。今聴いても思わず心がウキウキしてしまいそうな「In The Summer Time」や「Somebody stole my wife」「Follow me down」のような陽気で明るいジャグ・バンド・スタイルのアコースティックなナンバーもあれば、バブルガム・ポップ・タイプの曲、唸りを上げるような超ヘヴィな響きのハード・ロック・スタイルのブルース・ナンバー、ブギ・ロック、スワンプ・ロック色の強いナンバーなど、ジャグ・バンド・スタイルのサウンドを安直に取り込んだだけの汎用なバンドとは一線を画すマンゴ・ジェリーの幅広い音楽性が堪能できる恰好の一枚。彼らの基本となるジャグ・バンドは本来、辛い生活を送る事を余儀無くされていた貧しい人達が日頃のストレスから一時の楽しい時間を追求しようと、楽器あるいは身近な物を手に取って表現した結果現れた、本来楽しさを第一に追求する音楽。『楽しめる』という点にスポットを当ててマンゴ・ジェリーを評価した場合、及第点を取って余りある内容と言えるでしょう。1970年代前半のブリティッシュ・ロックの大勢に見られる雑多な雰囲気も好きな人にはたまらんでしょう。ジャグもブルースの一種だし、『楽しさ』なんていう言葉で表現するな、と御叱りになりたい人もおるでしょうが、まあ許して下さい。同年、マンゴ・ジェリーはウォッシュボード奏者(いわゆる洗濯板、ジャグには必須)のジョー・ラッシュを加えて早くも3枚目の「You Don't Have to Be in the Army」を発表するも、目指す音楽性の違いからオリジナル・メンバーのポール・キングとコリン・アールが脱退してしまいます。脱退したキングとアールはキング・アール・ブギ・バンドを結成して1972年に1枚だけアルバムを発表したとか。 一方、レイ・ドーセットを中心としたマンゴ・ジェリーも新メンバーを加えて活動を続行、1972年に4作目となる「Boot Power」を発表、ベスト・アルバムの「Greatest Hits」を挟んでスタジオ作品としては5作目にあたる「Long Legged Woman」を1974年に発表します。この後ドーンを後にしてポリドールに移籍、その後はバンド名を替えながら活動を続行した模様です。















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