永遠の夢に向かってビル・ブラック

 

ビル・ブラック

ビル・ブラック

















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Dire Straits - Money For Nothing













































エルヴィス・プレスリーの50年代初期のバンドのベース奏者だったビル・ブラック。プレスリーがサン・レコードにやって来た時には彼のバンドはなかった。サム・フィリップスはプレスリーにはリズム・ギターが必要と考え、リード・ギター奏者にスコティ・ムーア、ベース奏者にビル・ブラックを選んだ。ドラム奏者のD・J・フォンタナを加えたこの選択は、フィリップスがプレスリーとの契約をRCAに売却した後でさえも『ハートブレイク・ホテル』、『ハウンド・ドッグ』、『Don't Be Cruel 』などロックンロール史上最大のヒット曲を何曲も生み出した。エルヴィス・プレスリーのバンド(The Blue Moon Boys)のベーシストだったビル・ブラック(Bill Black)。The Blue Moon Boysは、Scotty Moore(ギター)、Bill Black(ベース)、(後に参加する)D・J・フォンタナ(D. J. Fontana ドラム)、それにエルヴィスと夢のようなドリーム・バンドだった。このバンドは1954年から1968年まで続くが、それと平行してビル・ブラックが組んだビル・ブラックス・コンボ(Bill Black's Combo)も活動している。ビルは1926年に米・テネシー州メンフィスで生まれている。本名は、William Patton "Bill" Black, Jr.初めはギタリストとして活動するが、後にベースに転向。なんでも Maddox Brothers and Rose から影響を受けたことが理由とか。50年代初頭にギターのスコッティ・ムーア、少し遅れてエルヴィス・プレスリーと出会いトリオ(The Blue Moon Boys)を結成。1955年の Louisiana Hayride tour からD. J. Fontana(ドラム)も参加。ビル・ブラックは、1965年に脳腫瘍が原因で亡くなっている。39歳という若さだった。C&W(カントリー&ウエスタン)からスタートし、エルヴィスと出会ってロカビリーに邁進(まいしん)し、ビル・ブラックス・コンボでは次第にR&B色を強めて行ったビル・ブラックス。エルヴィス時代のちょっとでも触れれば血が噴出す鋭利な音楽と違って超マイルドな音楽に劇的に変わっている。D. J. フォンタナは、当初サム・フィリップスが集めた、スコティ・ムーア(リードギター)、ビル・ブラック(ベース)、エルヴィス・プレスリー(リズムギター)から成る「ザ・ブルームーン・ボーイズ (The Blue Moon Boys)」と名乗るドラマーのいないバンドに、後から遅れて加わった。このバンドは、「ハートブレイク・ホテル」、「ハウンド・ドッグ」、「冷たくしないで (Don't Be Cruel)」、「監獄ロック」など、エルヴィス・プレスリーの1950年代におけるヒット曲の大部分において(ときにはピアノの演奏や、ザ・ジョーダネアーズのバッキング・ボーカルも入れつつ)演奏を務め、録音を行なった。このバンドは広く各地をツアーし、何度もテレビ番組にも出ており、1956年と1957年には『エド・サリヴァン・ショー』にも出演した。












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▲左から、スコティ・ムーア(リードギター)
 エルヴィス・プレスリー(リズムギター)
 ビル・ブラック(ウッドベース)















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