永遠の夢に向かって彼女はデリケート

 

彼女はデリケート

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佐野元春 : オフィシャル・ファンサイト - Moto's Web Server







































NIAGARA TRIANGLE Vol.2 彼女はデリケート

1980年に発表された沢田研二への提供曲のセルフ・カヴァー。大滝の希望で本作に収録された。佐野は「大滝さんのプロデュースによるところが多いです。彼は、僕の中に持っている疾走感だとか、その辺をシングルだったので浮き立たせたかったと思う。だから、最初やったときはクールなロックンロールで、バックに破れたようなギターの音の壁を作っていくというようなタッチだったんだけども、大滝さんの助言でアコースティック・ギターを入れて、パーカッションを入れて、わりと騒がしい一番単純なロックンロールに結局的には仕上がりました。僕は、感じはどっちも良かったです」とし、何故か藤木孝の匂いを感じてしまうという。佐野によるシングル盤はフェイドアウトだったが、「ロックンロールはカットアウトで終わるべき」との大滝の進言から急遽カットアウトに変更された[7]。大滝はこの曲が、かつて自身が沢田に提供した<あの娘にご用心>と通じるものを感じたという。「当然、佐野くんは知らないんだけども、僕が沢田研二に書いてた<あの娘にご用心>が<彼女はデリケート>となって80年の暮れに出てきた。佐野くんとはその前に偶然に会っているにもかかわらず、裏の見えないところで繋がっていたとは僕も思ってなかった」という。<彼女はデリケート>を収録した沢田のアルバム『G.S.I LOVE YOU』は全曲、アレンジを伊藤銀次が手がけたことを踏まえて大瀧は「<あの娘にご用心>のコーラスが山下じゃなくて銀次だったら沢田さんとのリレーションも分かりやすかったんだけどね。という不思議な縁があったので、『トライアングルVol.2』の1曲目は<彼女はデリケート>でなければ、と後に思ったんですね」としている。

『NIAGARA TRIANGLE Vol.2』(ナイアガラトライアングル ヴォリュームツー)は、1982年3月21日に発売されたナイアガラ・トライアングル(大滝詠一、佐野元春、杉真理)通算2作目のスタジオ・アルバム。山下達郎、伊藤銀次との前作『NIAGARA TRIANGLE Vol.1』以来6年ぶりのトライアングル企画第2弾。今回参加となった佐野元春、杉真理はともに1980年にソロ・デビューした“新人”だったが、佐野は佐藤奈々子の共作者として3枚のアルバムで楽曲制作に参加[注 3][注 4][注 5]。杉は自身が率いるバンド“マリ & レッド・ストライプス”で2枚のアルバムを発表。両者とも1970年代後半には既に音楽業界に足を踏み入れていた。二人はアマチュア時代に参加したコンテストで言葉を交わしたことがあり、そのとき佐野が自身のバンド“バックレイン元春セクション”で出場したときの曲目が本作収録の「Bye Bye C-Boy」だった。当時、バンド“ピープル”で出場していた杉はこの曲に深い感銘を受けたという。そんな二人に声をかけたのが当時、アルバム『A LONG VACATION』がヒット中だった大滝詠一。1981年7月21日から24日まで、新宿のルイードで行われた新人アーティスト4人によるショーケース・ライヴ『JAPACON』でのことだった。杉によれば「『ジャパコン・ウィーク』は、最初の日に佐野くんがやって、次が濱田金吾くん、その次が網倉一也くん、最後の日が僕でした。その日はジャパコンの3人以外にも、竹内まりやや須藤薫、それから大滝詠一さんが来てくれたんです。で、僕が大滝さんをステージに呼んだら、大滝さんがお客さんに向かって話しはじめた。“昔、『ナイアガラ・トライアングル』というのがあったけど、知ってるかい?”、“知ってるー!”、“あのアルバムには『Vol.1』と打ってあったんだけど、知ってるかい?”、“知ってるー!”、“だから『Vol.2』を作ろうと思っている。ひとりは杉くんで行こうと思ってるんだけど、どうだい?”。そのとき僕は驚きと“当然だ”という自負が混ざったような気持ちだったけど、即座に“やります”って答えた。“もうひとりも、ちょうどここに来ている。佐野くん、どうだい?”、“やります”。その場で決まったんだけど、そのとき、スタッフは全然知らなかったんですよ。たぶん、スタッフ・サイドから入っていったら、トライアングルは出来なかったんじゃないかな。それから、大滝さんは、佐野くんとのバランスを考えて、三枚目を捜してたんだと思います」という。後に杉は「トライアングルの発表があった日、ある知人の家に大滝さんと一緒に行ってね、大滝さんが“やはり楽しい音楽をやるために、そういうイヤな力はどんどん排除していこうよ”って言ってたのがすごく良くて。理屈っぽい言葉じゃなくて“楽しい音楽”って言ったところが大滝さんの好きなところですね」「だから何か、この人に声をかけてもらって良かったなぁ、と思ったんですよ」と振り返っている。佐野も「大滝さんは知識をたくさん持っているけれども、知識だけじゃなくて知恵のある人だと思う。僕の上の世代の人たちはあまり僕らに伝えてくれなかったけれど、大滝さんは僕にいろんなことを伝えてくれて、僕はその中から必要なものだけを貰いました。世代間の繋がりを強く感じさせてくれた人です。そして、ナイアガラというメディアを借りて作品を発表できたのは、すごくラッキーでした。感謝しています」と答えている。こうして結成されたナイアガラ・トライアングルはシングル「A面で恋をして」をリリース。ナイアガラ・レーベルとしては過去にないヒットとなり、同年12月3日渋谷公会堂で行われた、会場内にFM電波を飛ばして、観客はヘッドフォンで音を聴くという実験的コンサート『ヘッドフォン・コンサート』には佐野と杉がゲスト出演し、3人ではじめて「A面で恋をして」がライヴで披露された。また、佐野がソロで「SOMEDAY」を歌った際には、『トライアングル1』のメンバーで、当時佐野のバンドでギターを担当していた伊藤がステージに登場し、大きな拍手を送られる場面もあった。シングルの好結果を受け、ナイアガラ・トライアングルはアルバム制作へと繋がったが、大滝によれば「まあ、シングルだけで終わる構想もないわけじゃなかったんだけど。松田聖子の<風立ちぬ>が10月7日に出て、が10月21日に出て。うまくいったから『トライアングル』はアルバムにするしかないだろう、と。で、二人からデモ・テープが来た。佐野くんはと、僕がリクエストした<彼女はデリケート>。杉くんはまず。それで<ガールフレンド>。で、レコーディングが始まって、が上がってくる。佐野くんと杉くん二人で歌ってる。バッチリなわけだよ。<ガールフレンド>もいい。やったなって思いで」とし、3人の共通項であるリヴァプール・サウンドを基本テーマに、それぞれが持つ独自のセンスを発揮した楽曲で構成されたアルバムに仕上がり、オリコン最高2位を記録し、50万枚近いセールスを上げた。















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