永遠の夢に向かってスコッティ・ムーア

 

スコッティ・ムーア

スコッティ・ムーア

















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SCOTTY MOORE































エルヴィス・プレスリーとロックンロールのギター・サウンドを作り出したスコッティ・ムーアが他界

スコティはギブソン社のフルアコースティック・ギターを好んで使用していた。フェンダー・テレキャスターを持ってみたこともあったが、「女性を抱いているようでしっくりこない」という理由から、サイズの大きいギターを好んでいた。エルヴィス・プレスリーのツアーやレコーディングに最初期から60年代まで参加し、その鮮烈なギター・サウンドでエルヴィスとロックンロールを世界中に広めたといってもいい、ギタリストのスコッティ・ムーアが他界した。スコッティはここのところ体調を崩していたというが、2016年6月28日にナッシュヴィルの自宅で息を引き取った。享年84だった。スコッティはテネシー州フンズヴォルト近郊の農場で育ち、8歳からギターを弾いていたが、海軍勤務を経て除隊後の52年にメンフィスへ移り、カントリー・ウェスタンのバンドに参加してここでベーシストのビル・ブラックと出会った。1954年にスコッティとビルはサン・レコードのオーナーのサム・フィリップスにエルヴィスと引き合わせられ、レコーディングを試みることになったが、リハーサルの休憩中のエルヴィスの鼻歌からビルとスコッティは“That’s All Right”のアレンジを考案し、それをそのままレコーディングし、エルヴィスのデビュー・シングルとして完成させた。その後、エルヴィスとスコッティとビルはブルー・ムーン・ボーイズとして活動を開始し、ラジオ出演とライブをこなしながら南部一帯で人気を博すことになった。翌年にはドラムのD・J・フォンタナが加わり、エルヴィスを支える不動のユニットが出来上がり、サン・レコードで“Mystery Train”などの名音源の数々を制作していった。1956年にエルヴィスはRCAと契約を交わし、スコッティとバンドも同時にRCAに移籍したが、これを機にスコッティたちはアーティストとして表記されなくなった。第1弾シングルとなった"ハードブレイク・ホテル"はエルヴィスにとって初のチャート1位曲となったが、もちろんこの曲も、その後の代表的なヒット曲の数々もスコッティらとともにレコーディングされたもので、ツアーも3人がエルヴィスに同行していた。エルヴィスは60年代に入ってから俳優業に追われることになったため、オリジナル・アルバム制作は極端に減ることになったが、その間もスコッティはエルヴィスのレコーディングに参加し、エルヴィスが再び音楽活動に本腰を入れるきっかけとなった1968年のテレビ特番(いわゆる『68カムバック・スペシャル』)でもスコッティはD・J・フォンタナらとともに出演(ビルは65年に他界していた)。しかし、その後は一切声がかからなくなり、ツアーもレコーディングにも参加することなく、エルヴィスと直に接したのも68年の特番が最後だったという。その後はプロデューサー業に励み、ジェリー・リー・ルイスやリンゴ・スターらの作品を手がけることになった。2000年にはロックの殿堂入りも果たし、その後、ミュージシャンやメンフィスなど、さまざまなジャンルの殿堂にも名前を連ねることになった。エルヴィス・プレスリーの元妻のプリシラ・プレスリーは次のようにスコッティを悼んでいる。「エルヴィスはスコッティを心から愛していて、スタジオでもツアーでも、一緒に活動したあの素晴らしい日々をずっと懐かしんでいました。スコッティは類稀なミュージシャンで、彼自身がそれだけでひとつの伝説にふさわしかったのです。スコッティとエルヴィスが一緒に作り出したとてつもない音楽は永遠に生き続けるはずですし、この先いくつもの世代の人たちに影響をもたらすことでしょう」サン・レコードのサム・フィリップスの息子ジェリーは次のようにスコッティを偲んでいる。「エルヴィス・プレスリーはスコッティ・ムーア抜きにはエルヴィス・プレスリーにはなってなかったはずだよ。これは親父もそういってたはずだと思うな。忘れちゃならないのはあの頃の音源には3つしか音の要素はないんだからね。スコッティ、ビルとエルヴィスだけだよ。スコッティがすべてがうまくいく要になってたんだよ」ザ・ローリング・ストーンズのキース・リチャーズは、昨年10月に病気のためメンフィス音楽の殿堂入り式典に出席できなかったスコッティの代理でこの式典に出席し、次のようにスコッティについて語っていた。「俺はアコースティックでギターを始めて、スコッティ・ムーアを聴いてエレクトリックへと変えたんだ。スコッティのビル・ブラックとエルヴィスとの取り組み方は、音楽的にさまざまな可能性を開いたんだよ。俺やほかのいろんな連中にとってそれがきっかけになったんだ」キースはツイッターで「俺の最初のインスピレーションとなってくれたスコッティ・ムーアにみんなでさよならを告げるのはとても悲しいよ……」と悼み、スコッティとの画像を上げている。

スコティ・ムーア (Scotty Moore) として知られる、ウィンフィールド・スコット・ムーア3世 (Winfield Scott Moore III、1931年12月27日 - 2016年6月28日)は、アメリカのミュージシャン。テネシー州ジャクソンの生まれ。エルヴィス・プレスリーのリード・ギターとしても有名。彼はエルヴィスのデビュー、1954年から1958年までの黄金期にリード・ギターとして活躍。エルヴィス除隊後は、主にリズム・ギターとして勤めた。その独特なサウンドはエルヴィスの基盤であった。「ローリング・ストーンの選ぶ歴史上最も偉大な100人のギタリスト」において2003年は第44位、2011年の改訂版では第29位。スコティはテネシー州のジャクソンの近郊で生まれた。父親や兄弟たちがカントリー・アンド・ウェスタンのバンドを組んでいたので、スコティも自然に音楽へ親しんでいった。8歳の頃、初めてギターを買ってもらい、練習を繰り返した。1940年後半、スコティは海軍へ徴兵され、入隊。その頃、ワシントンのラジオ局の流すバンドに参加した。除隊後は兄弟が経営していたクリーニング屋を手伝いながら「スターライト・ラングラーズ」という名のバンドを結成。そのバンドにはビル・ブラック(ベース)も参加していた。1954年の6月に代理歌手として呼んだエルヴィスと対面し、7月に「That's All Right, Mama」を作成、ローカル・ヒットした。その後はエルヴィスと共にロックンロール・ミュージックの先駆けとなった。レコード以外にもエルヴィスの主演映画にギタリストとして数作品に参加している。しかし、初主演作の「やさしく愛して」のサウンドトラックではギターから外されてしまった。この経緯はバンド・オーディションを受けた時、スコティたちはこの映画の内容を知らず、カントリーが使われることを知らずに通常のロカビリー曲を弾いた。スコティはもともとカントリー・ミュージシャンなので軽いものだったはずが、これが仇となってか外されてしまった。スコティはもちろん、エルヴィスも傷ついたようだ。その背後には色々なショウビズ取引もあったとされている。エルヴィスのサン・レコードとの契約が切れ、スコティもエルヴィスと共にRCAへ移行したが、サン・レコードでの独特なサウンドでのエルヴィスの基盤は失われていった。スコティはこのことに対して、「サム(サンの創業者)はどんなことにでも挑戦するタイプの人間だったが、RCAのスタッフは違う。組織人間であったし、クリアなサウンドを好んでいた」と語っている。スコティがエルヴィスと最後に会ったのは1968年の「カムバック・スペシャル」であった。スコティはその番組の一部、「シットダウン・ショウ」に参加した。気の合う仲間同士でのギグは本当に楽しかったようだ。エルヴィスはこの後、一緒にツアーをしたいと語ったが、実現はしなかった。この番組後、エルヴィスとスコティは一切連絡を取り合わなくなってしまったようだ。特に避けていたわけでもトラブルがあったわけでもなかったのだが。エルヴィスが69年にラスベガスでコンサートを行なった時、スコティやD.J.フォンタナはエルヴィスから出演依頼を受けていた。しかし、当時、スコティはスタジオでレコーディングを行なっていた。1日に何度もセッションをこなす多忙なスケジュールであった。ラスベガス公演は2週間の予定で、しかもエルヴィスはその後も公演を継続するかは未定であった。スタジオのギターを辞めて、参加し、その後公演がなければ、金銭面でのダメージが大きいと冷静に判断し、行きたい気持ちに逆らって、断念した。チェット・アトキンスがスコティのもとを訪れたとき、デスクに置いてあった立派な置物に感心し、譲ってもらうことになった。そのお礼としてチェットはギブソンから発売されていた自身のモデルのギター、カントリー・ジェントルマンを置いて帰った。スコティはそれ以来、このカントリー・ジェントルマンをメイン・ギターとして愛用した。2000年、ロックの殿堂入り(サイドマン部門)を果たした。2016年6月28日、テネシー州ナッシュビルの自宅で逝去。84歳没。













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