永遠の夢に向かってダニー&ザ・ジュニアーズ

 

ダニー&ザ・ジュニアーズ

ダニー&ザ・ジュニアーズ

















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Twistin U S A - Danny & The Juniors































































ダニー&ザ・ジュニアーズというグループは、フィラデルフィアの街角で誕生した白人4人組のドゥワップ・コーラスのグループです。彼らが1957年にリリースした「踊りに行こうよ/At The Hop」は、1957年の末からヒットチャートをぐんぐん登り始め、翌1958年には見事チャートNo.1を獲得しています。この1曲がダニー&ザ・ジュニアーズというグループの個性を決定付けたネアカのロックンロール・ダンス・ナンバーで、とにかく「踊りに行こうよ」と連呼していて、シンプルながらご機嫌なコーラスでみんなを楽しませてくれます。それに続いて「Rock'n Roll Is Here To Stay」も、かなりのヒット作となりましたが、この2曲はとても似通っていて、ほとんど同じパターンで作り上げられており、正に「柳の下の2匹目のドジョウ」でした。それでも、これがダニー&ザ・ジュニアーズだ!という主張がはっきりしていますので、今でも色あせる事なく楽しめる作品です。米国ペンシルバニア州フィラデルフィアで結成されたポップボーカルグループ。「Danny Rapp」,「Dave White」,「Frank Maffei」,「Joe Terranova」がオリジナルメンバーで1964年まで活動しています。1957年にリリースした「At The Hop」は、翌年米国(Billboard-Top100)で1位,英国で3位を記録し世界的なヒット曲となり、現代でも、スタンダードな曲として人気が高い。彼らは、ダニー・ラップ(本名ダニエル・ジョセフ・ラップ、1941年5月9日、ペンシルヴァニア州フィラデルフィア生まれ、1983年4月5日、アリゾナ州パーカーのホテルで自殺、享年41歳、Lead Tenor)を中心に、デヴィッド・ホワイト(本名デヴィッド・ホワイト・トリッカー、1940年9月1日、ペンシルヴァニア州フィラデルフィア生まれ、Tenor)、フランク・マッフェイ(1940年、ペンシルヴァニア州フィラデルフィア生まれ、Second Tenor)、ジョー・テラノヴァ(本名ジョセフ・テラノヴァ、1941年1月30日、ペンシルヴァニア州フィラデルフィア生まれ、Baritone,Bass)のペンシルヴァニア高校の4人の仲間で結成され、1955年、ジュヴェネアーズとしてスタートした。フランキ・ライモン&ザ・ティーンエイジャーズ、フォア・ラッズ、フォー・フレッシュメン等に影響を受け、彼らはトラックの荷台で練習していた。1957年、フィラデルフィアの他の多くのグループの様に、プロデューサーのジョン・メドラの窓の下の一角で路上ライヴをしていた。すると彼が階下に降りて来て彼らに興味を示し、D.J.のラリー・ブラウンと、彼のパートナーでシングラー・レコードのオーナー、アーティー・シンガーに紹介した。グループは当時、バラードの「Sometimes」、ダンス・ナンバーの「Do The Bop」等、数曲オリジナルを持っていた。アーティーは「Do The Bop」について友人に意見を求めた。その友人とはアマリカン・バンドスタンドのディック・クラークだった。ディックはとても気に入ったが、タイトルを「At The Hop」に変えた方が良いと提案した。バンド名をアーティーによってダニー&ジュニアーズと変えた彼らは、1957年11月、此の「At The Hop」でデビューしたが、余り話題に上らなかった。1957年12月2日、ディックはアーティーに「彼らを私の番組に出さないか?」と提案し、すぐさま彼らは出演する事にした。一説によると、リトル・アンソニー&ジ・インペリアルズが出演予定だった。番組では非常に好評で、観衆の受けも大変良く問い合わせが殺到した。ABC・パラマウントがレコードの評判を直ぐに聞きつけ、マスター・テープを買い取り、シングルをリリースした。TV出演後1週間(12月9日)でビルボードにチャート・インし、1ヶ月後の翌1958年1月6日、全米1位に輝いた。7週連続1位と言う快挙を成し遂げ、トップ100以内に3ヶ月間留まった。1958年3月3日、デヴィッドが書いた次のシングル「Rock And Roll Is Here To Stay」は、全米19位、R&B・チャート16位だったが、ラジオのオン・エアでは1位となった。1958年夏、サード・シングル「Dottie」をリリースしたが全米39位止まりだった。美しいバラードの4枚目のシングル「A Thief」は、チャートに入らなかった。それからABCからシングルを3枚リリースしたが、「A Thief」の様にラジオではそれなりにオン・エアされた。1959年、ABCでの最後のシングル「Somehow I Can't Forget」は、彼らの最初のステレオ録音のシングルだった。1960年後半、スワン・レコードに移籍し、ダンス・チューンの「Twistin’USA」をリリース、全米27位に入った。B面には、ハートビーツのバラードのカヴァー「A Thousand Miles Away」をカップリングし、もう1度彼らのバラード能力を試してみたがB面はヒットしなかった。結局、「Twistin’USA」が彼らの最後のトップ40・ヒットとなった。1961年初頭、ドヴェルズと録音した「Pony Express」をリリース、全米60位に入った。B面は何時もの様にバラードの「Daydreamer」をカップリングした。1961年夏の終わり、「Back To The Hop」をリリース、全米80位に入った(東部の様々な都市では20位に入った)。1962年春、「Doin’The Continental Walk」をリリース、辛うじて全米93位に入ったが、此れがスワンでの最後のチャート・ヒットだった。それから別のフィラデルフィアのレーベル「ガイデン」に移籍した。1963年、リンボーが大流行し「Oo-La-La-Limbo」をリリースしたが、全米99位止まりで結局、此れが彼らの最後のチャート・イン・レコードとなった。1964年、マーキュリーから「Sad Girl」と「Let's Go Ski-ing」と言うシングル1枚をリリースした後、彼らは解散した。1968年、再結成し「Rock And Roll Is Here To Stay」をキャピトルよりリリースした。またマーキューリーで、ディーン・クリスティの「Mona」のバック・ヴォーカルを務めた。1970年代、ダニーとジョーはニュー・ジャージー州カムデンにあるWCAMで放送された彼ら自身のオールディーズ・ショーに、新メンバーのジミー・テスタ(元ファビュラス・フォー、チャンセラー、フォー・ジェイズ・ジェイミー)と共に出演した。また、ビリー・カールッチ、ジョニー・ペティロ、ボビー・ラヴがジュニアーズのメンバーとして参加し活動した。1976年、「At The Hop」がイギリスで再リリースされ往年のリスナーに受け入れられて、全英39位に入った。此の間、サックス奏者のレニー・ブレイカーが「Danny And The Juniors」の許可を得たヴァージョンのメンバーとなり、後に「シャ・ナ・ナ」を結成した。その後、フランクは検眼士になり、デイヴは1960年代後半、グループを離れ1971年、スポークスメンに参加したり、ソロ、作曲、プロデューサー活動を続け、チャビ・チェッカーの「The Fly」、ドヴェルズのレン・バリーの「One,Two,Three」、レスリー・ゴーアの「You Don't Own Me」等のヒットを放った。ダニーは玩具工場のアシスタント・マネージャーとなったが、前述の様に残念ながら1983年4月8日、自殺した。今現在、ダニー&ジュニアーズは、ジョー・テリーをフューチャーして「Joe’s Juniors」として、オリジナル・メンバーのフランク・マッフェイと彼の兄弟であるボビー・マッフェイの3人で活動している。2003年、ダニー&ジュニアーズはヴォーカル・グループの殿堂入りを果たした。此の作品は、そもそもはシングラー・レコードのオーナー、ア-ティー・シンガーとメンバーだったデヴィッド・ホワイト、ホワイトとのコンビでプロデューサー兼ソングライターとして活躍したジョン・メドラの3人が作詞作曲したもので、12-bar Bluesを少し変調した明るいダンス・ナンバーである。イントロからコーラスに気分が高揚して行く様に繋いで行く曲展開は、非常に魅力に溢れ、覚え易いリフと間奏のピアノもとてもインパクトが強く印象的な楽曲である。250万枚以上売り上げ、全米7週連続1位の他、R&B・チャート1位、全英3位、オーストラリア・チャート16位に入った。1969年8月、シャ・ナ・ナがウッドストックで演奏し、ウッドストック・アルバムに入れられた。また、フラッシュ・キャデラック&コンチネンタル・キッズに演奏され、1973年の映画「アメリカン・グラフィティ」のサントラ盤に入れられた。
















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