サクセス

サクセス

















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Iggy Pop - Success



































イギー・ポップという人は自らの強烈な個性を残しながら、プロデュースする人間の特徴を本当に馬鹿正直なくらい反映できるミュージシャンだと思う。特に相棒がボウイとウィリアムソンの場合を比べると面白いくらい違うのがわかる。廃人同然の状態からストゥージズ時代とだいぶ異なる路線で復活した"The Idiot"では、その「音楽性」にまだうまく馴染んでいない感を残していたのも確かだが、アルバム『ラスト・フォー・ライフ』ではボウイのカラーと自身の色をうまく混ぜ合わせて、過去の傑作群に迫る作品の創造に成功している。二面性を持った詩と唱法、狂暴なロマンチストとでも言えばよいのだろうか、デビュー当時に戻ったようにドラム好きの彼らしい表題曲、回転の鈍いドリルで感情を抉り出すようなボーカルが強烈な3、イギー流のレゲエ解釈にも聴こえなくもない4、そして"China Girl"やボウイの"Heroes"にも繋がる大袈裟なほどロマンチックな”Tonight”までのアナログ時代A面は驚くべき「ポップ」さが光る。"Tonight"での地を這うように深くディープに響くバリトン、おそらくは彼の生来の声に違いなく、声質といいその情念といい共通項を持つボウイが彼を援護したのがよくわかる気がする。それに、シンセの流れるようなアレンジのせいもあるが、この歌詞を大真面目に真剣に、そしてこれだけ見事に歌える人間はそうはいない。

イギー・ポップ(Iggy Pop)は、アメリカのロック歌手。 ミシガン州マスキーゴン生まれ。ミシガン州マスキーゴンにて、同州ディアボーンに位置するフォードソン・ハイスクールにて、英語の教師と野球のコーチをしていた父、ジェームス・オスターバーグと母、ルーラ・クリステンセンの間に生まれる。父のジェームスはイギリス及びアイルランド系移民の子であり、スウェーデン系移民のÖsterberg(エステルベルィ)家の養子になった際、養家の姓に改姓したという。また母のルーラはノルウェーとデンマークからの移民の子にあたる。1960年代、ミシガン州アン・アーバーのハイスクール在学中に、ザ・イグアナズなるバンドを結成する。ドラマーから出発し、1967年にはザ・ストゥージズ(「バカの集まり」を意味する)を結成。ボーカリストとなる。1969年、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドを脱退したばかりのジョン・ケイルのプロデュースで、デビュー・アルバム『イギー・ポップ・アンド・ストゥージズ』を発表。荒削りなギターと衝動的なボーカルは、当時のサイケデリック・サウンドへのアンチテーゼであり、MC5と共にパンク・ロックの先駆けとなった。ストゥージス時代のデビュー・アルバム、2nd『ファン・ハウス』(1970年)、ベーシストが脱退したためギタリストのロン・アシュトンがベーシストに転向し、新たなギタリスト、ジェームズ・ウィリアムソンを迎え、全曲ウィリアムソンが作曲し、デヴィッド・ボウイがミキシングした3rd『ロー・パワー』(1973年)(旧邦題:淫力魔人)といった作品を発表。またイギーは、ステージ上で嘔吐したり、ナイフで己の体を切り刻んだり、裸でガラス破片の上を転げ回って救急車で搬送されるといった奇行を繰り返し、過激で暴力的なロック・ミュージシャンとして悪名を馳せる。しかし、1974年にメンバーの薬物中毒などで、バンドの活動は中止に追い込まれた。1977年、デヴィッド・ボウイのプロデュース・作曲でソロ活動を始動、再起を果たす。特に、ボウイプロデュースの2枚目『ラスト・フォー・ライフ』のタイトルトラックは、1996年に映画「トレインスポッティング」のオープニングに(5分以上カットなしで)使用された。オーストラリアのバンド、ジェットが2003年にリリースした「アー・ユー・ゴナ・ビー・マイ・ガール」がイギーの楽曲「ラスト・フォー・ライフ」と酷似しているとして、ローリング・ストーン誌の「クレイジーなほど似ている曲トップ20」で1位に選ばれている[3]。2008年にはジェットと共にジョニー・オキーフの「ワイルド・ワン」をコラボレーションした。その後も、タンジェリン・ドリームのクラウス・クリーガー(アルバム『ニュー・ヴァリューズ』)、元セックス・ピストルズのグレン・マトロックと元パティ・スミス・グループのアイヴァン・クラール(『ソルジャー』)、スティーヴ・ジョーンズ(『ブラー・ブラー・ブラー』『インスティンクト』『アメリカン・シーザー』)、元MC5(ツアーメンバー)、ガンズ・アンド・ローゼズのスラッシュとダフ・マッケイガン(『ブリック・バイ・ブリック』)、ライ・クーダーやジャクソン・ブラウンとのセッションで知られるデヴィッド・リンドレー(『ブリック・バイ・ブリック』)、ボブ・ディラン、ローリング・ストーンズ、ボニー・レイットを手がけたプロデューサーのドン・ワズ(『ブリック・バイ・ブリック』『アベニューB』)など充実したメンバーたちと活動するが、以前ほどの大きな評価は得られることはなかった。2003年に、ベーシストに元ミニットメンのマイク・ワットを迎え、29年ぶりにストゥージズを再結成し、再びパワフルなサウンド、ステージを展開する。特に、1998年のフジロックでのライブは、熱狂した観客100人以上をイギーがステージに上げてしまい、客にマイクを取られるなどパニック状態になり、ライブが中断するという異様な事態となった。2009年1月、ザ・ストゥージズのギタリストのロン・アシュトンが心筋梗塞と思われる病因で死去。ミシガン州の自宅で死後数日経っているところを発見された。2010年、ザ・ストゥージズとして、ロックの殿堂入りを果たす。パンクのゴッドファーザーという異名を持ち、ライブにおける過激なパフォーマンス、そしてストゥージス自体は、セックス・ピストルズ、ダムド、スレイヤー、デフ・レパード、ガンズ・アンド・ローゼズ、レッド・ホット・チリ・ペッパーズ、サウンドガーデン、レイジ・アゲインスト・ザ・マシーン、ホワイト・ストライプス、マッドハニーなどに深い影響を与え、彼らにこぞってカバーされている。特にホワイト・ストライプスのジャック・ホワイトは2ndアルバム『ファン・ハウス』、セックス・ピストルズのジョニー・ロットン、ニルヴァーナのカート・コバーンは3rdアルバム『ロー・パワー』をベストアルバムに挙げている。

















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