永遠の夢に向かってミスター・ベースマン

 

ミスター・ベースマン

ミスター・ベースマン

















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1963 Mr. Bass Man - Johnny Cymbal







































今で言うところのボイスパーカッションって言うんでしょうか、出だしから「オッ!」と耳を傾けてしまう軽快な曲ですね。当時はこんな歌もあるんだなぁと、感心すると言うか本当に驚きました。ジョニー・シンバルのボーカルと、ベースマンことロニー・ブライト ( Ronnie Bright ) との掛け合いが魅力の歌です。ジョニー・シンバルは、この曲をアメリカでヒットさせた時、彼は18才のバリバリのティーンエイジャー。オールディーズとしては定番の、遊び心一杯の楽しい歌となっています。若々しいジョニーの歌声と曲の新鮮な感じが受けて、たちまちヒットパレードを駆け上りました。1963年のビルボード全米16位にチャートイン。ジョニー・シンバル快心の曲です。日本ではアメリカ以上に大ヒットし、ダニー飯田とパラダイスキング(ダニーいいだとパラダイスキング)が歌ってランキング1位を獲得しています。その他日本ではデューク・エイセスや、九重祐三子&田辺靖雄(ここのえ ゆみこ&たなべ やすお)がカバーしています。 ジョニー・シンバル(Johnny Cymbal )は、1945年2月3日にイギリスのオーチャイルトゥリー(Ochiltree)で生まれる。7歳の時にカナダへ移住。12歳の時彼の父が誕生日祝いに新品のギターをプレゼントしてくれました。このギターが彼を歌手にするきっかけとなったのです。この頃から本格的に音楽を始めたようです。15歳の時にアメリカのオハイオ州クリーブランドに移住し、各種の地元音楽コンテストに参加します。そんな中、参加したコンテストで認められ、1960年にMGMレコードより「Always」という曲でデビュー。同年にもう1枚のシングル「Bunny(いとしのバニー)」をリリースしますが、どちらも大ヒットとは言えませんでした。しかし1962年キャップ・レコードに迎えられ、翌1963年 「Mr. Bass Man」で、いきなり全米16位入り。その後 「Teenage Heaven」(全米58位)と「Dum Dum Dee Dum」(全米77位)がチャート・インを果たしました。又、坂本九が歌っていた 「 明日があるさ (Pack Of Lies)」 を英語でカバーしてヒットさせました。1965年にはミュージカー・レコードに移籍、2枚のシングルをリリースしますがいずれも不発。しかし1968年に結成した[デレク(Derek)]という3人組のグループでのオリジナル曲「Cinnamon」(全米11位)が久々にヒットします。その後は「Back Door Man」(全米59位)がチャート・インしただけで再びソロシンガーに戻り、女性歌手ペギー・クリンガーとデュエットする等活動しましたが、これと言ってヒットする曲はありませんでした。その後も地道に音楽活動を続け、又プロデューサとして活躍していましたが、1993年テネシー州ナッシュビルにて心臓発作でこの世を去ってしまいます。48歳という若さでした。アメリカでは、全米トップ10入りする大ヒット曲に恵まれなかったジョニー・シンバルですが、「Mr. Bass Man」をはじめ、日本でヒットした 「Mashmallow (僕のマシュマロちゃん)」、「Dum Dum Dee Dum」等あのロニー・ブライトとの愉快なポップスは、耳に残って忘れる事は出来ません。

















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