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永遠の夢に向かって「私が代わりに行く」

 

「私が代わりに行く」

「私が代わりに行く」















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学校法人延岡学園 延岡学園高等学校



























延岡学園 「彼の夢」かなえたよ 牧野直美記録員

2013年の夏の甲子園第13日目の8月21日、準決勝第2試合に登場する延岡学園(宮崎県)マネジャーの牧野直美さん(3年)は、中学時代に付き合っていた野球少年の夢を抱き、記録員としてベンチ入りしてきた。3年前、水難事故で亡くなった藤井将宏さん(当時14歳)。牧野さんは球児にとって憧れのグラウンドに立ち、天を見上げて声をかけた。


「甲子園に来たよ・・・」

 
同じ中学で野球部員だった藤井さんは中学3年の夏、部員と川遊び中、亡くなった。俊足で、生前、延岡学園で甲子園に出場する夢を牧野さんに語っていた。牧野さんは高校で野球部に入るつもりはなかった。しかし、練習を見学するうち、「夢を受け継ぎたい」と思った。ただ、入部してからがつらかった。選手の姿が藤井さんと重なってしまう。重本浩司監督(31歳)も最初は相手にしてくれなかった。下校中に1人で自転車をこぎながら泣いた。それでも、遅い日は午後9時ごろまで黙々と雑用をこなし、段々と信頼を得ていった。宮崎大会を制した今夏、決勝を終えて戻ってきた同校グラウンドに部員が集まった。ウイニングボールがどこからともなく運ばれて来て、牧野さんに手渡された。戸惑ったが、うれしかった。「牧野にやってくれ」と、重本監督が号令をかけたのだった。重本監督は「3年間、牧野が一番頑張ったから」と話す。10日後。藤井さんの父保孝さん(51歳)が牧野さんの自宅にやってきた。初めて会う2人。保孝さんは牧野さんの顔を見て、涙が止まらなくなった。保孝さんは「ありがとう。よく頑張ってくれた」と言って、牧野さんと握手した。保孝さんは、牧野さんが「彼女として将宏君を守れなかった」と悔いているのを知っていた。だから、手紙を渡した。「あなたのせいじゃない。将宏の夢を現実にしてくれて、ありがとう」甲子園でベンチ入りしている吉田一貴選手(3年)も藤井さんと同じ小中学校で、互いの家に泊まって遊ぶ仲だった。大会前、藤井さんの墓前で線香を上げた。当初は牧野さんに藤井さんのことを話さないよう気遣ったが、今年からは2人で「あいつのために頑張ろう」と話している。延岡学園は今夏、初の4強入りを果たした。牧野さんは前を向く。「第一の目標は達成できました。次はみんなの目標『甲子園優勝』をかなえたい」












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延岡学園高等学校(のべおかがくえんこうとうがっこう)は、宮崎県延岡市大峡町にある私立高等学校・中学校。尚学館中学校は、延岡学園高等学校の普通科尚学館高等部コース(以下、尚学館高等部)と接続して中高一貫教育を行っているが、同コースは基本的に尚学館中学校卒業生のみしか受け付けていないため、高校の他のコースとは区別されている。また、2006年度より尚学館小学校を開設し、県内初の小中高一貫校となった。














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▲重本浩司監督
















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