永遠の夢に向かって1950年5月13日 F1誕生

 

1950年5月13日 F1誕生

1950年5月13日 F1誕生












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Formula1公式サイト























F1世界選手権は1950年5月13日のイギリスGPで開幕した。1950年代はヨーロッパ各国のGPに加え、世界選手権という名目上アメリカのインディ500もカレンダーに組みこんでいたが、実際は欧米間の交流は疎遠であった。1906年、フランスで初の四輪グランプリである「AFCグランプリ」が開催された。その後、徐々に車輌重量やエンジン排気量の規格(GPフォーミュラ)が整理され、1920年代にはヨーロッパ各地でもグランプリが行われるようになった。1930年代にはナチス・ドイツの威信を担うメルセデス・ベンツとアウトウニオンのモンスターマシンが大活躍したが、第二次世界大戦によりグランプリは中断を余儀なくされた。終戦後の1946年、国際自動車連盟(FIA)の国際スポーツ委員会(CSI)は戦前のグランプリカーとヴォアチュレットをもとに新たな規格を制定し、エンジン排気量が「自然吸気式4,500cc、過給式1,500cc」のマシンをフォーミュラカーレースの最高峰クラスに位置づけた。はじめはフォーミュラAと呼ばれたがフォーミュラ1(F1)という呼称のほうが定着し、その後正式名称となった。1947年に新規定下でグランプリが再開されるとイタリアのアルファ・ロメオが無敵を誇り、次いで新興のスクーデリア・フェラーリが台頭した。フェラーリは戦前にアルファ・ロメオチームの監督だったエンツォ・フェラーリが創設したチームであり、いわば親子関係の対決であった。1949年には主要なグランプリのうち何戦かを選手権レースに指定し、総合ポイントにより年間王者を決めるというF1世界選手権構想が固まり、翌1950年からの開催が決まった。当初、選手権タイトルはドライバーのみに与えられ、マシンについては遅れて1958年からコンストラクター部門が制定された(当時コンストラクターの勝負はル・マン24時間レースなどのスポーツカーレースの方が重視されていた)。なお、この世界選手権を「F1グランプリ」と呼ぶ例も多いが、歴史上「F1(レースカテゴリ)」と「グランプリ(各国最高峰のモータースポーツイベント)」と「世界選手権」は必ずしも同義ではなかった。日本グランプリやマカオグランプリなどF1以外で行われたグランプリもあり、イギリスのブランズハッチサーキットで開催されたレース・オブ・チャンピオンズ(1967年 - 1983年)のような非選手権F1レースも盛んに行われていた(イギリスや南アフリカではF1の国内選手権も開催された)。F1レースが「年間17戦前後のグランプリからなる世界選手権」という方式で定着するのは非選手権F1レースが廃止された1984年以降のことである。
















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