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永遠の夢に向かって南海ヘルメットアイス

 

南海ヘルメットアイス

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今宮健太(いまみやけんた)


























身体能力抜群の遊撃手。高い運動能力を生かした広い守備範囲も見所の一つ、球界屈指の強肩で三遊間の深い位置からでも一塁をアウトにするスローイングは定評がある。50m走のタイムは6秒1の俊足。








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今宮健太(いまみやけんた 22歳)は、福岡ソフトバンクホークスに所属するプロ野球選手(内野手)。


高校時代は投手としては1年生時は投球術を駆使した投球が特長だったが、1年後には常時140km/hと進化を遂げた。3年生時の夏の甲子園では準々決勝にて154km/hを計測した。打者としては内角球を肘を畳んで打つ技術とリストの強さを持ち合わせ、高校通算62本塁打を記録したが、「金属(バット)だから打てたというのもあるし、自分に合っているのは本塁打じゃない」と語っている。最も憧れる野球選手は松井稼頭央である。監督の秋山幸二は「松井稼頭央のような選手になってくれたら」と語り、今宮も「松井稼頭央さんみたいな選手になって3割、30盗塁を決めたい」と語っている。当初はスイッチヒッターに挑戦する考えがあり、「左(打席)だったら内野安打も増えると思う。準備はしておきたい」と語っており、明豊高校グラウンドで行った遊びの試合では左打席で本塁打を放っているが、現在右打ち登録である。身体能力抜群の遊撃手。高い運動能力を生かした広い守備範囲も見所の一つ、球界屈指の強肩で三遊間の深い位置からでも一塁をアウトにするスローイングは定評がある。50m走のタイムは6秒1の俊足。

大分県別府市出身。2007年、明豊高校(めいほうこうこう)に入学し野球部に所属。1学年下には、幼馴染の山野恭介がいた。1年次から遊撃手としてレギュラーとなり、その年の夏からは安定感を買われ投手も兼任。1年秋には県大会優勝、及び九州大会優勝。1番エースとして公式戦打率.540、九州大会決勝では沖縄尚学に1失点完投勝利など投打の活躍でチーム初の選抜出場に貢献。高校2年時の春の選抜に1番・投手(背番号1)で甲子園初出場し1回戦の常葉菊川戦に先発するも敗退。2年秋は県大会優勝、九州大会4強で2年連続選抜出場。3年春からは控え投手となり選抜には三塁手、九州大会には遊撃手としての出場。高校3年時の春には2度目の選抜に出場。3番・三塁手兼投手(背番号5)として出場し1回戦を勝利するも、2回戦で菊池雄星を擁する花巻東(岩手)に敗退する。夏の県大会では遊撃手(三塁手)兼投手として出場。3打席連続で本塁打を放つなどして春夏連続での甲子園出場を決める。夏の甲子園では3番・遊撃手(三塁手)兼投手(背番号6)として出場。準々決勝まで勝ち進み、春に敗北した花巻東と再び対戦。4回に連打を浴びてKOされ三塁へ回ったが、同点とされた直後の9回1死三塁で再びマウンドに上がり、2者連続三振でピンチを脱した。しかし延長10回には勝ち越し打を浴びて敗戦した。2009年10月29日、プロ野球ドラフト会議で、福岡ソフトバンクホークスから1位指名を受けた。11月8日に仮契約をした。高校の先輩でもある城島健司が退団して以来空き番だった、背番号「2」を背負うこととなった。

2010年は1軍出場は無かったが、2軍で通年スタメンを張り経験を積んだ。2011年は川崎宗則を上回る守備力と評され、オープン戦で1軍に帯同し、期待された。オープン戦からは遊撃手、三塁手以外にも一塁手もこなす。ホークスでは内之倉隆志以来21年ぶりとなる十代での開幕1軍を果たし、開幕戦では守備から途中出場しこれがプロ初出場となった。シーズンの半分以上を1軍に帯同したが出場機会には恵まれず、18試合の出場、打席は1に留まった。だが2軍では打率.287と昨年以上の高打率を記録し、26盗塁と持ち前の俊足もアピールした。11月25日のアジアシリーズ統一セブンイレブンライオンズ戦で8番一塁手で初スタメン出場を果たした。また、その翌日の26日のアジアシリーズ三星ライオンズ戦ではプロ初ヒットを含む3安打1打点1盗塁で猛打賞を受賞。オフにはオーストラリアン・ベースボールリーグに参加し、11試合の出場で打率.238、OPS.614、5盗塁を記録した。2012年は川崎宗則がシアトル・マリナーズへ移籍。空いた、正遊撃手の候補の一人として大いに期待されており、オープン戦でも明石健志と交互に遊撃手に起用された。守備では堅守・好送球を見せるものの、打撃では明石は打率.311、OPS.672、11盗塁と結果を出したのに対し、今宮は打率.206、OPS.441、4盗塁に終わったため、開幕スタメンは明石に譲った。4月28日の対ロッテ戦では、首痛のため3回途中で退いた本多雄一に代わり出場すると、翌29日の同カードでは「8番・遊撃」でプロ初スタメン出場、さらに翌30日の同カードでは藤岡貴裕から通算11打席目でプロ初安打・初打点となるタイムリーを放った。8月4日の対西武戦では松永浩典からプロ初本塁打を放ち、翌5日の試合でも武隈祥太から本塁打を放ち、2試合連続本塁打を記録した。2013年は 7月14日のオリックス戦ではサヨナラヒットを放った。9月25日のオリックス戦で9回1死1塁の場面で投犠打を決める。これがシーズン59個目の犠打となり、2007年に田中賢介が記録したパ・リーグ記録のシーズン58犠打を6年振りに更新した。最終的には62まで記録を伸ばした。下位を任されていた7月までは打率.235だったが、8月に入り二番打者に定着し、8月は月間打率.362をマークするなど打撃面でも大きな成長を見せた。シーズン後には自身初のゴールデングラブ賞を受賞した。







福岡ソフトバンクホークス・オフィシャルサイト







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ファイターズのヘルメットのほうがよかったニャ。(^_^)v









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